コロナ感染で意識した生死

 ドレッドのエクステヘア。つけまつげで強調された瞳、3週間に一度は自宅に来てもらって手入れしているネイル。どんなに忙しくても、何歳になっても、オシャレに生活を楽しむことは忘れない。

 湯川さんの80歳の誕生パーティーに出席した友人のエッセイスト、安藤和津さんはこう語る。

「登場した瞬間“れい子さん、綺麗!”って私つい叫んじゃったら、“今日ぐらい綺麗じゃなくて、どうすんの”っておちゃめに切り返されて。頭の回転も速いし、行動力と発信力は年齢を超越したパワーです。

 でも、お孫ちゃんには観音様のように慈愛に満ちあふれた表情をなさるの。内面は芯がブレないロック魂が燃え続けていて、同性でもドキドキしちゃうくらいカッコいい!うちの夫(奥田瑛二)は“湯川さんのあの若さと艶やかさは妖怪だ”と。もちろん褒め言葉です!」

長兄が戦死したフィリピンのルソン島には戦後訪れ、現地の人たちとも交流した。活動の根底には、平和を願う気持ちが強くある 撮影/伊藤和幸
長兄が戦死したフィリピンのルソン島には戦後訪れ、現地の人たちとも交流した。活動の根底には、平和を願う気持ちが強くある 撮影/伊藤和幸
【写真】結婚証明書に証人としてサインをするエルヴィス・プレスリー

 はつらつと生きる湯川さんだが、その人生は病との戦いでもあった。小さいころはへんとう腺による発熱、21歳からは長きにわたりC型肝炎に苦しんだ。

 そして今年2月、新型コロナに感染。発熱し、息子さんが165回も電話をかけてやっと検査の予約が取れて、結果は陽性。酸素濃度に問題はなかったため入院せず、自宅療養で頑張ったが、トイレにも自力で行けなくなって入院した。

「脱水症状を起こして一時は危険な状態でした。お薬も水も受けつけず、点滴を入れてもらって、なんとか回復したんです」

 意識がもうろうとする中、人生観に変化があったという。

「苦しくて、86歳まで生きたし、生きるのも大変だ、いいかげん楽にさせてよって気持ちになりながら、意識がとぎれたりしたんですけど、それでも、身体は生きようとするんですよね。目を覚ましたときに、あぁ、まだ生きているんだ、生きなきゃと感じて。死ぬのってなんて大変なんだろうと思いました。

 92歳で亡くなった母をはじめ、“生ききった”と思える人の最期って、本当に穏やかなんです。すべてを納得したように笑顔を浮かべて“ありがとう、ありがとう”しかない世界で死んでいく。だから、私は今回助かったときに、そうだ、私も生ききらなければ!と初めて思ったんです」

 そして、自身のコロナ感染の2か月後、元夫を見送ることになってしまった。

 お通夜があった4月16日、生放送のラジオ『田村淳のNewsCLUB』に出演。

「今日を楽しみにしてました」

 と元気に話を始め、

「人間が兵器を使って集団で人間を殺してはいけないと、まず国連憲章に書くべきです」

「女が会議にいると確かに面倒くさい。だからこそ、社会を変えるためには、意思決定の場に女性がいることが大切」

「地産地消でエネルギーのシステムを作れば、原発を稼働させなくても、経済は回せます」

 と主張し、ロンドンブーツ1号2号の淳さんと丁々発止のやりとりをした。

 一方で、「藤井風くん推しなのよね!」と曲を紹介するときは、声をはずませ、ミーハー精神を忘れない。

「これから何がしたいか」という質問には、

「もう1曲でいいから、ヒット曲を作りたい」

 と答え、番組の最後には淳さんが曲を作ったら詞をプレゼントすると、未来の約束を交わした。

 そして、放送後、お通夜に向かったのだった。

「正直言うと、めちゃめちゃ哀しかったし、疲れてもいました。仕事をするのはつらい状況ではありましたけど。そういうときこそ、やつれた顔に元気な色の頬紅を塗り、充血した目に目薬をさして、“よし、やったろう!!”と気合を入れて、臨むんです。

 
すると、仕事をしてる瞬間は、今日がお通夜かなんて意識は消えてしまう。私は好きな仕事があるおかげで、人に会ったり、音楽を聴いたりして、自分を元気づけることができるんですよね。

 なんでもいいの、好きなこと、自分で楽しむ方法を持つことは大切だと思います。私は“90歳までピンヒールをはく”のが目標なんですよ。できないかもしれないけど、できたらうれしいと思います。それも自分に対するエールの送り方かもしれませんね

『時代のカナリア 今こそ女性たちに伝えたい! 』(集英社)湯川れい子著 ※記事の中の写真をクリックするとAmazonの購入ページにジャンプします

 6月には、草なぎ剛さんが出演するNHK教育番組にも登場。原稿はあえて今も手書きだが、iPad2台とスマホを持ち歩き、ツイッターでも発信。若い世代との仕事も多く、週に一度はコンサートや映画の試写にも出かける。

 一方、社会に目を向ければ、ウクライナはまだ戦火の中にある。まだ日本の女性の平均賃金は男性の78%でしかない。

「私はそれでも平和や平等を訴え続けます。自分にできることを精いっぱいやりたいから」

 86歳。これからも、美しく毅然としなやかに、湯川れい子を生ききる─。

〈取材・文/伊藤愛子〉

 いとう・あいこ ●人物インタビューを中心に活動するライター。著作に『ダウンタウンの理由。』『視聴率の戦士』『40代からの「私」の生き方』などがある。理学部物理学科卒業の元リケジョだが、人の話を聞き、その人ならではの物語を文章にするという仕事にハマって、現在に至る。