父と息子の活躍に刺激を受けたメタボ期

 よき父でもある雄一郎さんだが、食べること、飲むことが大好きで、人並みにサボり癖や怠け癖もある。60歳で一度引退を決め、気がつけば65歳で164cm、88kg。明らかなメタボ体形になっていた。その上、不整脈、高血圧、高脂血症を患い、医師に「3年以内が危ない」と余命宣告を受けてしまう。

「片や父の敬三は90歳を超えてからも年間120日以上スキーを滑り、99歳の白寿のお祝いにモンブラン山系最大の氷河、ヴァレー・ブランシュからのスキー滑降を成功させました。次男の豪太はフリースタイルのモーグル種目で2回のオリンピック出場を果たしています。それに比べて自分は何をしているんだ?と」

 一念発起して、70歳でエベレスト登頂に挑むと決めた。しかし、厳しいトレーニングや食事制限は老体にこたえる。無理せず、基礎的なトレーニングを5年計画で段階的に進め、コツコツ身体をつくっていった。

 最初は札幌の自宅付近にある標高531mの藻岩山へ25kgの荷物を持って出かけた。そのときは途中でダウン。しかし、気持ちが折れることはなかった。

「子どものころから、目標と定めたことを、どうしてもやり遂げるんだという思いでやってきましたし、そのための訓練もしてきました。その繰り返しが諦めない強い心を育んでくれたと思います。目標には不思議な力があって、持つと歩みを後押ししてくれます。ですから、誰でも、何歳になっても再出発はできると思います。設定する目標は、お店みたいな料理を作るとか、絵を描くとか、やりたいことなら何でもいいと思います。力まなくていいですから、一歩ずつ自分の道を歩んでいく。そういうことが大事なのかなと思います」

 若いころは両足首に重りをつけ、さらに重りを入れたザックを背負い、10kmも20kmも歩いた。雄一郎さんはこうした負荷をかけたウォーキングを「ヘビーウォーキング」と呼ぶ。当時を思い出しながらトレーニングの計画を立て、食生活を見直す。

 有言実行。雄一郎さんは70歳、75歳、80歳でエベレスト登頂を成し遂げた。80歳はエベレスト登頂の最高齢記録だ。

 次に雄一郎さんが掲げたのはアルゼンチンとチリに跨るアコンカグア。86歳で挑んだ南米最高峰の山だが、このときはドクターストップがかかり、目前で登頂を断念した。

進行性の難病を患う女性が教えてくれたこと

2013年には80歳で3度目のエベレスト登頂に成功
2013年には80歳で3度目のエベレスト登頂に成功

 2021年、雄一郎さんは富士の山頂に立つべくリハビリを続けていた。休養も運動のうちと考え、疲れをためないよう適宜休む。と同時に、「餅は餅屋」と考え、専門書を読み、その道に明るい専門家やプロフェッショナルがいると聞けば、連絡を取ってアドバイスを請うた。

「僕はもともと自然科学を学んできましたし、獣医師でもあるので、科学の基本というか、情報収集がすべての基本だと思っているところがあるんです。それに、冒険と科学はまったく一緒なんですよ。どちらも未知の分野に分け入っていくわけですから」

 そういった雄一郎さんの考え方が、新しいものを柔軟に取り入れる姿勢を育んだ。富士登山に向けて、三浦家が新たに導入したものがある。それは、「ヒッポキャンプ(以下、ヒッポ)」というアウトドア用の車椅子だ。

 今から十数年前、三浦家にある依頼が舞い込んだ。依頼主は、全身の筋肉が少しずつ衰える進行性の難病・遠位型ミオパチーの女性・中岡亜希さん。依頼内容は、「富士山に登るサポートをしてもらえませんか?」というもの。

富士山挑戦の際に使ったヒッポ(撮影:藤巻剛)
富士山挑戦の際に使ったヒッポ(撮影:藤巻剛)

 その思いと熱意に感銘を受けた雄一郎さんと豪太さんは、実現に向けてプロジェクトを組んだ。そのときは中岡さんが乗る特殊な車椅子をみんなで引っ張り、「富士山に登りたい」という中岡さんの強い気持ちがチームのみんなを引っ張った。

 この経験から中岡さんは、障がいがあってもスムーズに登山できる道を模索し、ドイツの見本市でフランス製のアウトドア用車椅子「ヒッポ」に出会う。そして、自ら会社を設立し、日本にそれを輸入することにした。前述の着座式スキー「デュアルスキー」を日本に初めて輸入したのもこの会社だ。

「メディアに取り上げられたとき、周りの人たちが大変な思いをしているように描かれることがあって、中岡さんは見知らぬ人から『人に迷惑をかけちゃダメじゃないか』と言われたこともあったそうです。だけど、中岡さんも、仲間も、そして僕らも、対等な関係にある同じチームの仲間として、みんな一緒に楽しみたいという考え方なんです」(豪太さん)

 障がいがある人も、体力が衰えた高齢者も、どんな人でも求める限り、山に登ったり、スキーができるような環境をつくっていきたい─。もともと運動生理学を学んできた豪太さんは、ステイホーム期間中に「IOI(Inclusive Outdoor Activity Instructor)」の資格を取った。障がいの有無や年齢にかかわらず、多様な人々が共に自然を楽しむ取り組みを「インクルーシブ野外活動」という。IOIとは、このインクルーシブ野外活動の指導員の資格のこと。

 この分野はまだ白紙状態で、山で景色を眺めたり、冷たい川に触れたり、海に入ったりと自然の力を借りることで、その人の精神や肉体に今の医学や数値では測りきれない、それこそ「奇跡」と呼びたくなるような影響があるかもしれない。そして、この分野の研究が進むにつれ、「奇跡」の全容が解明されるかもしれない。そんな豪太さんの取り組みやヒッポの可能性に、雄一郎さんも大いに賛同している。

「今は日本におけるアウトドア用車椅子の開拓期。今後どんどんその概念が広まり、日本でも開発されるようになれば、いいものができるんじゃないかと思っています。インクルーシブ野外活動もいい運動ですよね。誰でも自然体験ができる社会が実現したら、どんなに素晴らしいだろうと思います」