次なる目標はヨーロッパ最長の氷河

 雄一郎さんの教え子や、その思想に感じ入って同じ道を歩んできた人たちが、今度は雄一郎さんが乗ったヒッポを引っ張り上げる─。まるで人生の縮図のようだった。その後、メンバーは誰ひとりケガすることなく無事に下山した。

 雄一郎さんが富士山頂に立ったニュースはあらゆる媒体で取り上げられ、その情報はSNSを駆け巡った。称賛や驚き、活力をもらったなどのコメントの中には、「(山岳用車椅子を使い、人に引っ張ってもらう登山は)登山といえるのか」といった声もあった。そのとき、豪太さんの胸中にあったのはこんな思いだ。

「父は思いや考えを言語化するのが昔からうまい人。特に僕が名コピーだと思っているのは『言葉は風』というもの。激しい言葉は受け止めずに受け流すって意味なんですが、僕自身も『あれは登山とはいえない』と言っている人にあえて反論せず、受け流そうと思っています。それこそ美学の違いになってしまいますので、埒があかないと思うんです。ただ、そこを否定するのであれば、今世間が唱えているインクルーシブとか、SDGsであろうっていうのは言葉だけなの?という思いはあります」

 当の雄一郎さんはといえば、疲れもあって下山後2日間は暇さえあれば寝ていたという。しかし、インタビュー当日(下山から3日後)は、たっぷり寝て心機一転。日に焼けた顔も豊かな白髪もいきいきと輝いている。

「あ、(顔が)光っているのは、日焼け止めの薬を塗っているからです(笑)」

 杖をつき、偉業を成し遂げたとは思えないほどの通常モードで、取材陣を笑わせる雄一郎さん。この日の取材場所は東京の事務所だったが、現在は妻の朋子さんと共に札幌のサービス付き高齢者住宅で暮らしている。

「今は朝起きるのが7時半ぐらい。8時半に朝ごはんを食べて、リハビリをして、それからお昼ごはん。朝昼晩と3食付いているので、あとはテレビを見たり、家内と雑談をするぐらいとのんきなものです。今いるレジデンスでの料理だけだと物足りなく、たまに豪太に頼んで外食に連れ出してもらうのが楽しみで。事務所近くにも美味しいステーキの店があるんです。富士登山の直前も行きましたが、明日あたりまた連れて行ってもらおうかな」

 明るく笑う雄一郎さんだが、普段は強い意志で食事の節制を行っているのを先述の上野さんから伺っていた。それは身体づくりの意味もあるのだろう。では、その先にある次なる挑戦の舞台は?

「できれば、フランスのアルプス山脈にあるヴァレー・ブランシュをスキーで滑ってみたいと思っています。私の父・敬三が99歳のときに一緒に滑ったヨーロッパでいちばん長い氷河なんですが、そこを思うままに滑ってみたいです。今のところ、目標は2年後かな」

 冒険家の胸中は、今もたぎっている。

衰えが進んでもワクワクする人生を実現する方法をつづった雄一郎さん・豪太さんの著書『諦めない心、ゆだねる勇気』(主婦と生活社刊)※書影クリックでAmazonの販売ページへ移動します。

<取材・文/山脇麻生>

やまわき・まお マンガ誌編集を経て、フリーライター&編集者に。『朝日新聞』『本の雑誌』などにコミック評を寄稿。各紙誌にてインタビューを執筆。『まんが!100分de名著マルクス・アウレリウス自省録』(監修・岸見一郎)などのシナリオも手がける。