要介護4から富士山頂への挑戦

山頂に向け1日目の登山がスタート(撮影:藤巻剛)
山頂に向け1日目の登山がスタート(撮影:藤巻剛)
【写真】80歳にして3度目のエベレスト登頂に成功した時の三浦雄⼀郎さん

 手稲山で手応えを感じた雄一郎さんは、富士登頂を前に、大雪山からのスキー滑降を次の目標に定めた。北海道最高峰の旭岳を有する大雪山は、山岳スキーのフィールドでありつつ、いざというときのエスケープルートがある。もしものためにデュアルスキーを用意し、それをサポートするためのメンバーが15人集まった。

 雄一郎さんの腰にロープを回し、豪太さんが後ろから引っ張るスタイルで雪山を滑り降りる。このとき、雄一郎さんは一度も転倒せずに自分の脚で滑り切った。

「なじみのある北海道の最高峰でスキーを楽しむことができたのは、大きな光になりました」

 さあ、次は富士山だ。

 できるだけ自分の脚で歩きたいとの思いはあるが、身体にまひが残り、一度転んで起き上がれなくなったこともある。無理をせず、基礎的な体力、持久力をつけ、上半身と下半身に筋力がつくよう目標ごとの個別トレーニングを行った。

 コンディションは右肩上がりではなく浮き沈みがあり、調子がいいかと思えば身体のしびれがひどくて立てないこともあった。しかし、それもまた雄一郎さんにとって好奇心を刺激する要素となった。

「昔から『なぜなんだろう?』という強い疑問というか好奇心を持ち、その疑問を解決すべく、自分で調べたり、その分野で知見を持つ方にアドバイスを請うてきました。今、自分がいちばん疑問に思っているのが自分の身体のこと。長い間正座をしていると足がしびれてきて、立ち上がるとよろよろしますよね。あれと同じことがずっと続いている状態なので、なぜ両足のしびれが取れないのかがもっぱらの疑問なんです」

 前向きにリハビリに取り組む雄一郎さんだが、富士山には不規則な道や急斜面もある。サポートメンバーの疲労もかなりのものになるだろう。そこで、「ヒッポ」を引っ張るために家族や雄一郎さんの友人、教え子らが32人集まった。8人1組で4グループが交替でヒッポを引っ張るのだ。

 8月29日朝。初日は5合目からスタートした。これから3日かけて頂上を目指す。今までに雄一郎さんは100回以上富士山に登ってきた。それでも、思った以上に浮き石に足をとられた。ふわふわの地質で足が深くめり込む場所もあった。

 そこで「ヒッポ」が大活躍した。登山用のロープを使い、引っ張る人と左右で平衡を保つ人、後ろで指示する人に分かれ、雄一郎さんの身体が左右に振れないようフォーメーションを組む。

 翌30日は9合目の山小屋に宿泊し、雄一郎さんは大好きなカレーを食べた。そして31日の朝、とうとう雄一郎さんは富士の頂に立った。要介護4になってから3年と2か月後のことだった。

「富士の斜面は本当に急で、非常にざらついているんです。そんな場所で、みんなが汗水をたらし、はぁはぁ荒い息をしながらも楽しそうにヒッポを引っ張ってくれて、それを含めた富士の景色が本当に素晴らしかったです。これも、息子の豪太を含めたみんなの助けがあってこそ。もちろん自分自身も達成感がありましたが、それ以上にサポートしてくれたみんなが喜んでくれて、それがとてもうれしかったです」

ついに富士山頂に到達
ついに富士山頂に到達