土壇場を切り抜けられる人との差
逆境に陥ったとき、がむしゃらでも無意識に技が出るか否か。それこそが、土壇場を切り抜けられる人とそうではない人の差ではないかと西村は語る。
コロナ流行初期、PCR検査は臨床検査技師がするものと思われていた。しかし、調べてみるとそうした法律はなく、「手がけるのが好ましい」という業界の慣例に倣って、検査は行われていた。この常識を疑い、ひっくり返したのが西村だった。
臨床検査技師を講師に、率先して手を挙げた自社の社員に研修を施し、独自の検査体制を構築した。前年に、『にしたんクリニック』を開業し、医療分野に理解があったことも大きかった。体制を整えると、信用度と認知度を上げるための戦略に出る。
「当社は、いち早くPCR検査のCMを打ちました。『CMを打てるくらい、われわれはしっかりしています』といったことを示せたことで、日本航空(JAL)さんとの提携を実現させます。そして、JALさんと提携したことで、信用はさらに高まり、最大手ドラッグストアのウエルシア薬局さんとの契約が決まりました」
ビジネスの話になると、西村の目は、がらっと経営者のそれに変わる。
「オセロの角を取らなければいけません。角を取れば、オセロがひっくり返しやすくなる」
ドラッグストアとの契約が続々決まると、イオンモール全店でもPCR検査キットの展開が決まった。イトーヨーカドー、ヤマダデンキ、ドン・キホーテ……その後も、次々とオセロがひっくり返るように大手流通チェーンへの導入が続いた。
需要の急増とともに売り上げも爆発的に伸び、'20年12月に入ると、1日の売り上げは1億円を超えた。その状況は、なんと60日間も続いたという。
自身の経験から最先端の不妊治療を導入
《コロナで儲けたお金で大豪邸を買いやがって》
昨年8月、『オドオド×ハラハラ』(フジテレビ系)で30億円の豪邸がテレビ初公開されると、SNS上にはそうしたコメントが飛び交った。
「一つだけ言いたいのは、われわれは国の税金を使った無料のPCR検査ではなく、民間企業のお金で検査を続けていたので、1円も税金はもらっていないということ。そこをきちんと理解したうえで、僕の悪口を言ってください(笑)」
「悪口はいいんですか?」と追質問すると、「自分に自信があるので気にならないです。それに、知られているから言われるわけで、言われること自体は悪いことじゃない」と、どこ吹く風だ。
「直接会った方からは、『会って話すとまともな人なんですね』とよく言われます。成金社長というイメージがあるからギャップが生まれるし、話題にもなりやすい」
不良が子猫を助けると、普通の人が助けるよりも“良い人”に見えてしまうように、西村もあえて成金感を演出しているという。
「実際は金色なんて好きじゃないです」。そう笑い飛ばすと、「本当の自分の姿をわかってくれというのはエゴであって、実際に会った人だけが理解してくれればいい。僕は誰よりも国や社会のことを考えているつもり。自信があるから、誤解を解きたいとも思わないんです」と優しく微笑む。
事実、今、西村が最も注力しているのが、少子化対策に直結する不妊治療だ。'22年に運営を開始した『にしたんARTクリニック』は、生殖補助医療(ART)を専門に提供し、今年3月には、全国で12院目となる「東京丸の内本院」を大手センタービルに開院した。
「'15年に3人目の子どもである娘が生まれました。彼女は、僕がアメリカにいたときに生まれたのですが、僕も妻も若くないということで着床前検査(PGT-A)を経て授かった子でした」
高齢出産は、染色体異常と強く関係しているといわれる。そのため、着床前検査をすることで、染色体異常による流産のリスクを減少させることや、染色体異常に関連する疾患のリスクを低減させることが可能となる。
反面、“命の選別行為”だとする倫理的な問題もあり、
'22年から国内でも生殖補助医療を提供する医療機関で着床前検査を行うことが可能となるも、保険適用外という位置づけになっている。
「僕がアメリカにいた当時、日本では着床前検査ができなかった。実は、弟も不妊治療を続けていて、『アメリカで受けてみたら』と話したことがありました。ですが、仕事を休めず、渡米を諦め、今も子どもはいません。弟のような人たちがたくさんいると思った。日本に帰国したら、そうした課題を解決したいと強く思ったんです」
西村は、ビジネスと社会貢献を考えるとき、3つの「不」を解決することが大事だと話す。「不安」「不便」「不満」──。晩婚化が進み、働きながら妊活をする人々にとって、現状の生殖補助医療では3つの「不」を十分に払拭できない。それを西村は「変える」と言うのだ。
