激烈かつ衝動的な演奏の先にある繊細なタッチ
シンプルにいえば、今後の上原ひろみは楽曲を作り、ライブを世界中でやり続ける。そしてそのとき出会った人に対して、誠意を尽くした仕事をしていく、その基本ラインから大きく外れることはないだろう。そもそも、この20数年が、他者から見れば、ある種、ジェットコースターに乗り続けているような音楽人生であったのだから。
「彼女はゴールを決めずに走り続けている人。例えば、グラミー賞を受賞しても、それ自体が目的になることはなく、これから50年後もずっとピアノを弾き続けていくのを目標にしている。もう十分、ベテランや巨匠の域に入っていますけど、上原ひろみの自己更新がこれからもずっと続いていく様子を、われわれスタッフは伝えていきたいですね。
それから彼女は自分自身には厳しい人ですが、それを他人に強要することはありません。だけど、彼女と仕事をすると、周りのスタッフのモチベーションが自然と高められるという点では、あれほど理想的なリーダーはいないかもしれません」(斉藤さん)
人見さんも斉藤さん同様、こんな言葉を続ける。
「上原さんと仕事をすると、この程度でいいやという気持ちはなくなります。仕事のステージを下げるよりは、毎日少しずつでも上げていこうとするほうが気持ちいいわけですから。
彼女と共に長く仕事をしてきて、一つわかったことがあるんです。人の動かし方って、ボスタイプとリーダータイプってあると思うのですが、彼女は決してボスタイプではないんですよ。自分が先頭を切って困難に立ち向かう姿を見せて、周囲を動かしていくという意味において、紛れもなくリーダータイプの見本ではないかと思っています」
彼女のキャリアから見ても今後、何らかの形で音楽界のリーダー的役割を期待されるのは当然であるし、イレギュラーな事態に対応したことで、また自らの音楽への刺激へと導くことにもなるだろう。その上で彼女自身は、これからの自分の未来をどのように考えているのだろうか。
「例えば、自分の音楽の独自性とかを意識せず、書きたい楽曲を書いていく上で、結果として独自なモノになっているというのが、いちばん理想的かなとは思っています」
筆者としては、ブルーノート東京、そして'23年、紀尾井ホールでの『BALLADS』において、会場の自然な残響を生かし、バラード中心のライブでの繊細かつ粒立ちがいい美しいピアニシモの響きが忘れられない。
激烈で衝動的な超絶技巧というパブリックイメージとは一見真逆のように見えて、これもまた彼女の神髄のようにも感じられた。上原ひろみ、いまだ底知れず、だ。
<取材・文/吉留大貴>