元来、人を喜ばせることが好きだったという長嶋さん。球界を代表する人物としての自覚もあったようだ。
「自分が活躍すると、みんなが喜んでくれるとわかると徹底して期待に応えていました。三振しても喜ばせたいからヘルメットの飛ばし方を練習したとか。守備でミスしても、わざとアクションを派手にするとか。失敗でも人を喜ばせようとする人。うれしいときはうれしい、悔しいときは悔しいと、そのときの感情を身体全体で表して、それをファンと共有する。素直で嘘がないから相手チームも、そのファンも嫌いになれない選手でした」(小林さん)
そんな“スター・長嶋”にも29歳のときに家族ができた。前出のスポーツ紙記者によると、実に長嶋さんらしいゴールインだった。
「1965年1月に東京五輪のコンパニオンだった亜希子さんと結婚。亜希子さんは田園調布雙葉学園中学、高校出身で、4か国語が堪能。そんな亜希子さんに一目ぼれした長嶋さんが口説き落として、交際から約40日での婚約というスピード婚でした」
妻は何度もスープを温め直した
結婚した年から巨人は9年連続で日本一になる“Ⅴ9”時代に。その中心選手だった長嶋さんを亜希子さんが支えた。
「長嶋さんは試合から帰ると裏庭で素振りをするのが日課。ただ、自分が納得するまでそれが続くため、10分で終わることもあれば、2時間続くことも。亜希子さんは練習が終わるタイミングでスープを食卓に並べるために、長嶋さんの練習の様子を見ながら、何度も温め直したそうです」(前出・スポーツ紙記者)
ふたりの間には2男2女が誕生。長男・一茂は立教大学からヤクルトに入団し、プロ野球選手に。次女の三奈はテレビ朝日に入社し、キャスターとして活動した。そんな子どもたちの活躍を長嶋さんも父親として見守っていた。前出の小林さんが振り返る。