戌:本当、そうですよね。俺も本当に起きたことを、いろいろぐっちゃぐちゃにまぜて書いたこともあります。
燃:『すっぽん心中』はそうですよね。
戌:そうですね。僕の小説に『鳩居野郎』っていうのがあるんですけど、ビルの屋上に鳩がいて、ずっとうるさくて、来ないように網を張ったら、鳩が引っかかっちゃって。助けなきゃと思ったけど、手が届かないから包丁をほうきにくくりつけて切ろうとしてたら、下に見物人が集まってきちゃった。
「狂人と思われたらどうしよう!」と焦って、「鳩、大丈夫ですかね~?」って大声を出したら、逆に見てる人が凍りついちゃって……という自分の体験を小説にした話(笑)。その出来事の後、『すっぽん心中』が芥川賞の候補になって、単行本を出すときにあと一本小説を入れないといけない、でもストックがない……あ、そうだ、こないだの鳩の話あります!って嘘と本当をちりばめて、物語風にして書いたんですよ。
燃:もしかして、その鳩の話を入れたから、芥川賞ダメだったんじゃないですか?(笑)
会ったことはないけど、好きになる人
『この味もまたいつか恋しくなる』を読んで気になった言葉を抜き書きしてきたという戌井さん。
戌:本の中に書いてあった素敵な言葉をメモしていて……あ、これだ。《本当の癒やしはきっと大雑把な暮らしにしかない》。すごいなと思って。なんか優しさにあふれてますよね。燃え殻さんは、みんなが抜け落としているところをサクッと書く。
燃:戌井さんの書くものって、「俺がなぜダメなのか」を見せるプロットがすごい。僕の好きな大槻ケンヂさんとか中島らもさんもですけど、気持ちがざわざわしたり、落ち込んでいたりするときに読むと、同じようにざわざわしてる人がこの世に生きてるんだなと思えて。なんとなく大丈夫な気がしてくるんです。
らもさんはもう亡くなってるけど、本を残してくれたんで、読むことができる。だから僕も何十年かたったときに、「燃え殻って面白いじゃん。あ、でもこいつ死んでるんだ。生きてたら、トークイベントとか行って、感想言ってやりたかったな」とか「こういう人がいたんだったら、生きててもいいかな」と思ってもらえるといいな。僕もそういう人間になれたら、と思いながら書いてます。
戌:昔の人もそうだもんね。色川武大さんなんて、読むといいなぁと思うし、飲みながらのんびり話してみたかったなと思います。
燃:うん、なんか、それが本を読むことの醍醐味(だいごみ)な気がして。本を手に取ることで、その人の考えがじんわり自分の中に入ってくるっていう体験が好きなんですよ。その人に触れるような気がするんです。そうすると、人に優しくなったり、普段入らないお店に行ってみたり、それがいいじゃんと思えたりとか、行動につながっていく。
戌:うん。会ったことはないけど、好きになるってあるかもしれないですね。田中小実昌さんとか、殿山泰司さんとかね。
燃:はい、会ってみたかった!