抱え続けてきた昔のトラウマ

 取材に当たったNHK記者の高橋歩唯さんは、子育てを支援する側の意識改革が必要だと指摘する。

「保育園とか学校もそうですけど、子どもに関わる病院や保健師さんとか行政や公的機関の方たちが、子育てはお母さんがやるのが当然だという前提で話を進める。両親が一緒に行っても、お母さんにだけこうしてくださいと言う。

 取材の中でそう話す母親がすごく多かったし、そういう状況が続いていることに、やっぱり違和感を持ちました。それって別に社会の制度が変わらなくても、親子の問題に関わるすべての職業の方々が個々人でおかしいと気づけば、1日で変わることだと思うんですよ」

 ハルト君は知的な遅れがなかったので、小学校は普通級に進んだ。だが、発達性協調運動障害があるため、学校生活に適応するのは難しかった。運動が苦手、極端に不器用などの特性があり、列になって移動するときなどハルト君のところで間が空いてしまう。

 そのたびに後ろの子に「早く行けよ!」と小突かれて、ハルト君は入学後まもなく「学校に行きたくない」と言い出した。

「息子は言い返せないから、いじめのターゲットになっちゃうんですよね。フォローしてくれる子もいましたが、お世話係の子に嫌な顔をされたりするから、私も授業参観に行くのがつらかったです。

 担任の先生には普通級でも大丈夫だと言われましたが、通級(障害による困難を改善するための個別指導)の先生には『早く特別支援学級に行ったほうがいい』とせっつかれて。夫に相談しても、何で特別支援学級にしなきゃいけないのか俺にはわからないなと。でも、いつも一緒にいる君の判断でいいよと言うから、私もわからなくなっちゃって」 

 悩んだ末にサチコさんは、ハルト君を小2の夏休みから特別支援学級に通わせることにした。だが、その後も学校にはあまり行かないまま、中学を卒業した。

 卒業を前に、ハルト君を担当するカウンセラーの先生と2人で話していたときのこと。サチコさん自身が劇的に変わるきっかけになる出来事があった。サチコさんには、ずっと封印してきた昔の嫌な体験があるのだが、先生に初めて打ち明けたのだ。

「あ、言えた。ふたが開いたって感じて。先生には『お母さん自身が問題を抱えているから治療したほうがいい』と言われたんです。そこからですね。自分の問題をまず解決しないと、息子をかわいいと思えないかもしれない。そう思って行動を始めて、ある場所に行きついたんです」