「間違っても死なないから!」と舞台へ
子育てが一段落すると、運転免許を取ったり、大学院で環境問題を勉強したり、山以外のことにも、次々とチャレンジするようになった。
64歳のときにはシャンソンを習い始めた。もともと医師、教師、弁護士など異業種の働く女性たちと同好会を作り、山歩きを楽しんでいた。その会の仲間に「シャンソンを習いたい」と話すと、「いいわね」と、たちまち5人が集まった。
「目標を持たなきゃダメよ」というメンバーの発案で、習い始めて1年半後にはコンサートを開いた。題して『怖いもの知らずの女たち―一度は歌ってみたかった』。
小さなホールとはいえ、初舞台でガチガチに緊張している仲間に、田部井さんは明るい口調でアドバイスした。
「山では間違うと死ぬけど、舞台では間違っても死なないわよ(笑)」
以来、「怖いもの知らずの女たち」は、毎年舞台に立っている。'12年7月には浜離宮朝日ホールで500人の観衆を前に歌った。
メンバーの1人でPR会社取締役会長の秋岡久恵さん(65)に聞くと、「一番の怖いもの知らずは田部井さん」だという。
「浜離宮ホールで歌ったときも、私たちのような素人が歌って“恥知らずの女たちになるんじゃないの”と、みんな腰が引けていたんです。でも、田部井さんは“こんな立派なホールで歌えるなんてすごいじゃない”と。抗がん剤治療で身体は非常に厳しい状況だったと思いますが、誰よりも楽しんでいましたね。
その裏にあるのは、やっぱり好奇心だと思います。仲間で集まって話すときも、違う業界の話をすごく興味を持って聞いていますし。みんなに喜んでもらうことが彼女の喜びというか。サービス精神旺盛な方なので、一緒にいると元気になれますね」
いつもは登山ズボンにリュック、帽子に眼鏡の田部井さんも、舞台に上がるときは肌もあらわなロングドレスと金髪のウィッグで登場。秋岡さんによると「舞台度胸満点、一番よかった」という。
講演も多く、人前で話すのに慣れている田部井さんは、緊張しないのかと思いきや、
「いやあ、すっごいドキドキしますよ。人前で歌うのは、緊張の度合いが違います。“あー、次だわ”とか思うと、もう、ドキドキしてダメ。だけど、舞台に出ちゃうと平気。間違っても、“あ、ごめん”で済むから。フフフフフ」












