「フランスやイギリスでは、特に若年における望まない妊娠を社会全体の問題と捉えています。若年で妊娠することで、教育やキャリアなどの機会を逃してしまうこともあります。日本では自己責任と捉える傾向が強いですが、そういった女性や子どもを支えるのは社会全体です。望まない妊娠自体を社会問題と捉えているから、フランスやイギリスでは国の補助によって比較的安価での提供や、一部条件はあるものの無償提供などがされています」
女性の権利を守る大事な一歩
また、「薬が高いと感じたとき、どこに向けて主張するのかが重要だ」と、稲葉先生は続ける。
「開発や製造、処方にはコストがかかっているため、製薬会社や医療機関に“安くしろ”と求めるのではなく、行政が補助を行うべきでしょう。ただし、緊急避妊薬だけを特別に補助するというのも違います。というのも、緊急避妊薬はあくまで緊急時の避妊法であり、本来は普段から避妊をしておくのが理想です。ただ、日本では避妊についての医療行為が妊娠や中絶と同様、保険診療の対象外で、すべて自費負担です。したがって、まずは避妊全般に対して何らかの公的補助があるのが望ましいと思います。女性のからだの自己決定権を社会全体の課題として捉え、望まない妊娠を防ぐための手段として、緊急避妊薬だけでなく、経口避妊薬や子宮内避妊具にも補助を行うことが大切です。そのうえで、緊急避妊薬への補助を整備することが、本来あるべき姿だと考えます」
最後に“価格が高いことで乱用を防げる”という意見については、現場を知る医師からはどう見えているのか伺った。
「『高い方が良い』というのは、窮地に陥ったことがない人の発言と言いますか……。緊急避妊薬の話の根底にはしっかりとした性教育があるべきなのですが、価格が高いからといって知識が付くわけではありません。逆に、値段が高いことで本来必要な人がアクセスできなくなるという影響は考えるべきだと思います」
緊急避妊薬の市販化は、女性の権利を守るうえでようやく実現した一歩だ。しかし、その価格が高すぎて手が届かないのなら、本当の意味での“自己決定権”とは言えない。望まない妊娠を防ぐことは、決して個人の問題ではなく社会の責任でもある――。日本が“追いついた”と胸を張るには、まだ課題が山積している。
※1米ドル=153円で換算しています。
稲葉可奈子●産婦人科専門医・医学博士・Inaba Clinic 院長。京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、双子含む四児の母。産婦人科診療の傍ら、子宮頸がん予防や性教育、女性のヘルスケアなど生きていく上で必要な知識や正確な医療情報を、メディア、企業研修、書籍、SNSなどを通して発信している。婦人科受診のハードルを下げて小中学生からかかりつけにできる婦人科を作るため2024年7月渋谷にInaba Clinic開院。著書に『シン・働き方~女性活躍の処方箋』など。











