自身初の生放送帯番組のMCとして、スーツを着用。一人称を「私」に変えて収録に臨んだ。5時夢のイメージこそ“自由奔放”だが、MCには重要な仕事が待っていたという。
世間には、まだ“バレてない自分”がたくさんいる
「自由なのはあくまでコメンテーター。MCはそんな彼・彼女たちの手綱を握る役割でした。そうして何年かやっていくうちに、自分が“指揮者”のように思えてきたんです。特に生放送は編集ができない分、その瞬間ごとにテンポや間をつくっていかなければならない。
コメンテーター一人ひとりを楽器に例えると、打楽器もいれば、バイオリンのように繊細なタイプもいて、それぞれに音色を出している。そのことに気がついてからは、コメンテーターのみなさんが奏でる音楽を導く指揮者として、MCを楽しめるようになりましたね」
自分は番組によって“音色”を変えるタイプだ、とふかわさんは語る。
「例えば(明石家)さんまさんがMCの番組は、どれも“さんまさんの音色”が響きます。だけど僕は、与えられた場所や役割によって、まったく異なる音色を出すタイプ。意識しているわけではないけれど、自動で音色が切り替わる感覚です。ときには、打楽器になったり。20代のころはいじられキャラの音色が中心でしたが」
楽器の魅力を引き出しつつ、ひとつの番組を作り上げる。まさにバラエティー界のマエストロだ。
お笑い芸人としてキャリアをスタートさせたふかわさん。しかし、長年芸能界を漂いながら「ROCKETMAN」名義でDJとしても活躍し、エッセイや小説の執筆活動も行い、さまざまな“顔”を持つようになった。
「音楽活動は20代半ばから続けています。大学時代はお笑いと音楽、どちらの道に進むか悩んだほど“音楽やリズム”は僕の中にある大切なルーツなんです。もうひとつの執筆活動も、僕を構成する重要な要素。ひと言ネタでデビューしたこともあり、“言葉”そのものはもちろん、出版するしないにかかわらず、文章を書くという行為が性に合っています」
現在放送中の『ふかわふかわしてるテレビ』(BSフジ)では、日本語の奥深さを探求。言語学者の川添愛さんとともに、ショートコントやトークを通して日本語の面白さや魅力を伝えている。
「言葉は時代とともに変わっていくもの。正しいかどうかだけでは決まらないから、変容する日本語をただただ楽しんでいます。生き物のような面白さを体感してもらう番組ですね」
お笑い・音楽・文章─。さまざまな表現の中でも“本来の自分”に近いのは、どの活動なのだろうか。
「僕という存在の“原液”があって、活動や場所によって濃度がバラバラなんです。団体芸のバラエティー番組は、それぞれが自分の色を出し合って一つの絵を完成させるので、僕の色はいちばん希釈されています。
その点、音楽や文章は、濃度が濃く、より原液に近いでしょうね。実はいまだに『ふかわさんの本、初めて読みました』『DJもやっていることを知りませんでした』なんて驚かれることもしばしば。世間には、まだ“バレてない自分”がたくさんいるんです。もしかしたら、バレないまま死んでいくのかもしれません(笑)」











