目次
Page 1
ー 豊臣政権を動かしたもう一人の男・秀長
Page 2
ー 愛知県・名古屋
Page 3
ー 奈良県・大和郡山
Page 4
ー 滋賀県・長浜

 大河ドラマ『豊臣兄弟!』で脚光を浴びるのが、天下人・秀吉を陰で支え続けた名参謀・秀長の存在。兄と弟が歩んだ土地には、ふたりの絆や決断を刻んだ史跡と風景が、今も確かに残っている。

 出生地として伝わる名古屋、大和支配の要となった大和郡山、そして若き秀吉が初めて城主となり飛躍のきっかけをつかんだ長浜――。

 大河の熱気そのままに、戦国の空気と兄弟の“生きた証し”に触れる旅へ出かけよう。

豊臣政権を動かしたもう一人の男・秀長

おすすめは郡山城ですね。旧都・奈良が望めます。奈良でなく郡山を大和の中心に据えようとした秀長の感情が感じられます

 そう語ってくれたのは大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも時代考証を担当している駿河台大学教授、黒田基樹先生。

 奈良県にある郡山城は、豊臣秀長の居城。秀長が城下町の整備と併せ、約80万石の居城にふさわしい大改修を行っている場所だ。そもそも、秀長の魅力とはどんなところなのだろうか。

まさに秀吉の天下一統の実現を、軍事・外交、政権内部の調停など重要な側面で、支えたところでしょう。“穏やかで思いやりがあった”という性格を武器に、外様(とざま)大大名や政権中枢の秀吉直臣をまとめていました

 ドラマでは秀吉と秀長の兄弟が描かれる。どんな関係性だったのだろうか。

「秀長は、専制君主である秀吉の命令を、堅実に実現する存在でした。秀長といえども勝手な判断は許されていないなか、秀吉の要求に見事に応え続けました」

 先生が思うドラマの見どころは?

秀吉・秀長の行動に、近年の研究成果がどのように反映されているのか、注目してほしいですね

 これまで秀長は“温厚な弟”というイメージで済まされがちだったが、昨今では秀長がいなければ秀吉の飛躍も豊臣政権の安定もなかったといわれるほど政権運営の中核を担っていたと評価されている。

 まじめで実直という秀長像は、ゆかりの地からもきっと感じられるはず!