奈良県・大和郡山

 大和支配の拠点となった城下町

 豊臣秀長が大和支配の拠点にしたとされるのが大和郡山市。郡山城を中心に、秀長の入城後、城と城下町が整えられたことが記録からうかがえる。石垣の復元も進み、現在も往時の姿をしのばせる。

 城跡近くには秀長の墓所とされる大納言塚があり、春岳院には菩提寺として秀長の墓所と伝わる場所があり、ゆかりの資料も伝わる。金魚の町として知られる大和郡山は、町家カフェや散策スポットも多く、歴史と街歩きを同時に楽しめる穏やかな町だ。

郡山城跡

 豊臣政権の中初期には秀長の居城となり、その領国であった大和・紀伊・和泉約80万石の中心だった。天正19年(1591年)に郡山城内で秀長は52歳の若さで病死した。

大納言塚

 大和郡山市箕山町にある豊臣秀長の墓所。五輪塔は高さ2メートルで、地輪の表面には戒名が刻まれている。

金魚の養殖池

 かつてのため池の多さやミジンコなどの餌が適していた地理的条件から発展し、現在も全国一の生産量を誇る。独特な風景が風情を感じさせる。

箱本館「紺屋」

 江戸時代から続いた藍染め商の町家を改修した施設。和風の落ち着いた空間で、歴史を感じながら金魚や藍の展示や体験を楽しめる。

箱本館「紺屋」
箱本館「紺屋」