紆余曲折を経て再婚を決意
その講演を本にしたのが『橋をかける』なのだ。
「インドから帰ってきたあと、美智子さまに本にさせてください、とお願いしました。『あんなものが本になるのかしら』とおっしゃるので、『すごく貴重な本になると思います』と申し上げたら、うれしそうにしていらっしゃいました。でも誤解があってはいけないと、慎重に、たくさんの注釈をつけました」
今回の著書の中では、2人の夫だけでなく、2人の子ども、両親やきょうだいなど家族との思い出も、あたたかな筆致で綴られている。
「本当に芸術家の家族なんて難しいし、大変ですからね(父の舟越保武氏、弟の桂氏共に彫刻家)。だから私は、小さいころから絶対に芸術家とは結婚したくないと思っていました。
だけど今になってみれば、だからこそわかり合えるところがたくさんあったのかなというふうに思います。互いに思いやりがあるというか、そういうところが心地いい家族だったんだなと」
思い出に残っているのは、ここぞというときの母の力。
「弟の桂が結婚したとき、生活のためにアルバイトをすると言い出したんです。母は、自分が助けてあげるから、ちゃんと自分の仕事をしなさいと言って、勝手に画廊に展覧会の予約までしてきたんです。
また、子育て中の私に言ってくれた母のひと言も忘れられません。長男の武彦が、高校生のときに競馬に凝ってね。馬券を買ったら、よく当たったんです。でも高校生で馬券を買うことは許されないことだから、監察局からおとがめを受けたんです。息子さんに厳しく言いなさいと。でも息子は小さいころから、ほかの子より優れていると褒められたことがあまりなかった。その彼が初めて褒められたのが競馬だったんです。
それで私は、どうしても彼に競馬をやめなさいとは言えなくて、そのことを母に言ったら、『あの子を連れてラスベガスに行きなさい』って(笑)。結局、行きませんでしたが、それは忘れられないひと言ですね。その後、担任の先生が息子に毎日話してくださり、本人も納得して競馬をやめました」
末盛さんの家には、家族の芸術作品や写真などが、あちこちに配されている。大事なものがたくさんあるからだろうか、処分はしないと言い切る。
「まあ、処分をしないと言えば聞こえはいいですが、できないんですよね、きっと。あとのことは次男の春彦に任せてありますが、終活ということは特に考えていません。
人生を振り返ってみたときに、これでよかったと思えたら、本当に幸せだなと思ってきました。
長男がずっと身体が悪かったので、私が彼より先に逝ってしまうと彼は大変だから、そんなことがないようにと願ってきました。ただ、彼が亡くなったことは、本当につらかった。でも最後は、それほど苦しまなかったのでよかったなと思います」
長く生きていると、いいことも悪いこともある。
「そのときは、あまりいいと思っていなかったことも、よく考えてみると、こういうふうに物事がつながっていくのか、ということが随分あったように思います。いちばん大きいのは、再婚した古田との出会いです。
古田は若いころは私のメンター的な存在で、それから紆余曲折を経て再婚したわけですが、今考えたら信じられないような出会いでした。彼にも息子と娘がいて、それぞれいろいろな相談を受けてね。特に今アメリカにいる娘は、千枝子さんがいなければ、今の私はなかったとよく言っています。本当に不思議なことです」
だから、「人生捨てたもんじゃない」と末盛さん。年を重ねたからこそわかることがある。わが人生の不思議についても、振り返ってみたくなる一冊だ。
末盛千枝子(すえもり・ちえこ)
1941年、東京都生まれ。父は彫刻家の舟越保武。慶應義塾大学卒業後に至光社で勤務したのち、ジー・シー・プレスで絵本出版を手がける。1989年、すえもりブックスを設立。まど・みちおの詩を美智子さまが選・英訳された『THE ANIMALS どうぶつたち』、美智子さまのご講演をまとめた『橋をかける―子供時代の読書の思い出』など、話題作を出版。2010年、岩手県八幡平市に移住。東日本大震災から10年間、「3.11絵本プロジェクトいわて」の代表を務めた。
取材・文/池田純子

















