p.p1 {margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-align: justify; font: 13.0px Helvetica} 自分の才能を信じた真護だったが……

 もともとデッサンやファッションに興味があったこともあり、東京の文化服装学院に進学した真護は、たちまち頭角を現す。全国レベルのコンテストで、7回も入選。いつしか“コンテスト荒らし”と呼ばれるまでになっていた。

 卒業を間近に控え、進路を決める大事なコンテストが行われた。優勝者はロンドンの服飾専門学校に1年留学することができる。

 真護は満を持して応募した。

「デザインのプレゼンテーションはもちろんのこと、ライブペインティングまで披露。驚く審査員たちを見て、これは絶対にイケる。そう確信していました

 ところが蓋を開けてみると、優勝したのは同じクラスの別の生徒。希望に満ちた真護の未来は残酷にも閉ざされた。

「君は実力があるんだから、留学する必要なんてない」

 と審査員の1人に慰められたが納得はいかなかった。

 その日のうちに母に電話して、「僕には才能がある。だから、ロンドンに留学させてほしい」と懇願した。黙って聞いていた母は突然、大声を上げた。

「あんたが3年間で成長したのは、鼻だけだったのね。天狗になっている!」

 それを聞いて、腹が立った真護は怒りをぶちまけた。

「二度と僕の人生に口出しするな。自分の力で行ってやる」

 涙があふれ、嗚咽が止まらなかった。

「なんでみんな、わかってくれないんだ」

 新宿の街の中に立ち尽くし、

―金を稼いで母を、世間を見返してやる。

 そう心に決めると真護の足は歌舞伎町に向かっていた。

路上でパフォーマンスを始めたころ。自身の原点である絵を描くことが希望になる(c)MAGOCREATION
路上でパフォーマンスを始めたころ。自身の原点である絵を描くことが希望になる(c)MAGOCREATION
【写真】「電子廃棄物の墓場」真護が活動に励む衝撃のスラム街

 誰にも頼らずお金を稼ぐにはもうホストになるしかない。

 そう覚悟を決めて真護はホストの道に足を踏み入れた。だがその世界には、途轍もなく過酷な競争が待っていた。

お客さんとまともに話もできない僕につけられたあだ名は“地蔵”。最初は、1日14時間働いて僕の給料は月にたった4万円。まったく稼げませんでした。しかも初めてついてくれたお客さんにツケを踏み倒され、100万円の借金を肩代わりする羽目になり、さすがの僕も目が覚めました。生まれ変わった気持ちで閉店後に歌舞伎町を行き交う女性たちをナンパしまくり、指名を勝ち取っていきました」

 そのかいあって入店8か月後には、ナンバーワンホストになることができた。

「人気のあるホストは、話術が巧みか、絵に描いたようなイケメンかのどちらか。どちらにも手が届かない僕は、お客さまが思わず応援したくなるようなキャラを演じてナンバーワンを目指しました。その結果、1年間で3000万円以上稼ぐことができました

 ところが好事魔多し。世の中は真護が考えているほど甘くはなかった。

「3000万円も貯めたのだから留学ではなく、一足飛びに起業しよう」

 ホスト時代の成功体験から高い鼻がまた疼き始めていた。真護は社会経験などまったくないのに、「会社をやっても絶対うまくいく」そう過信し、稼いだお金をすべてつぎ込み、自身のファッションブランドを立ち上げた。そんな脇の甘い世間知らずの“天狗”を騙すことなど、詐欺師にとっては赤子の手をひねるより簡単なことだった。起業を相談した知人から、「君はまだ実績がないからメーカーとの取引ができない。僕の口座を使わせてあげよう」そんな甘い言葉につられ、いとも簡単にお金を全額騙し取られた。販売も行ってくれる約束だったのに、商品が売れる気配は一向になかった。

「わずか1年間で貯金は溶けてなくなり、在庫を抱えたまま、さらに1000万円の借金を背負う羽目になりました」

 自分史年表には、「23歳でファッションブランドを立ち上げ、30歳でミラノに支店を出す」そう思い描いていた真護の夢はもろくも崩れ去った。無一文どころか借金まみれになった真護は、このときやっと母の言葉が骨身に沁みた。