冒頭、この往復書簡で喪失感が癒されたと猫沢さんは語ったが、やりとりのなかで、どんな心情の変化があったのだろうか。
「どちらかというと小林さんのほうが、変化が大きかったように思います。途中でアマゾンに行ったのもそうですし、家をリノベーションしたり、美容に目覚めたり、ネオ・小林になろうとしていた。
私自身は、フランスに移住したことは大きかったですが、小林さんはゆるやかに着実に新しい自分に変わっていった気がします。
小林さんのご著書『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』でも、奥様を亡くされるまでの日々を書かれていましたが、すごくつらい話だからこそ、自分を俯瞰しているところがあった気がします。
でも、私への手紙では、第三者がいるからこそ、自著では書けなかったことを書くことができたのではないかなと思っています。その小林さんに伴走することで、私も自分を見つめ直して、気持ちを癒すことができた。お互いに、一歩進めたんじゃないかな」
偲び続けるだけが、本当の弔いではない
50歳を過ぎると、周囲で亡くなる人が増えてくる。「大切な人を見送ることが人生後半の一部であるとしても、それだけが生きる意味になるわけではない」と、猫沢さんは語る。
「50歳までは働くとか、生活するとか、いろいろな問題があっても、いつも“生”の枠内にありました。でも50歳を過ぎてからは、“死”という問題を考えずにはいられなくなる。
大切な存在を亡くせば、しばらく落ち込むし、何回経験しても慣れることはありません。一人ひとりが違う命で、違う思い出があり、そのなかで自分はまだ生きているし、これからも生きていかなくてはいけない。
そういったときに、その故人を偲(しの)ぶことに自分のエネルギーを費やしすぎてしまうことは、はたして本当の意味での弔いなのだろうかということですよね。
もし私が逝くほうの立場なら、自分がいなくなったあとも、友達や家族など、愛する人には最後まで幸せに生きてほしいと願う」
そう思ったら、亡くなった人たちは、残った人たちが幸せに毎日笑って生きることしか望んでいない、という答えが出たそうだ。
「だったら、それをやってあげようじゃないか。『すごい幸せだった』『私でいられた』、そういうポジティブな言葉を最後に自分に言ってあげられる生き方こそ、天国に行った人たちからも、そうだ、そうだ、と拍手を送られる生き方のような気がします」

















