診断後、希望を見いだし歓喜!
診断はやはり認知症。恵子さんは一瞬ピクッとしたぐらいで、医師の話を、感情を表に出さず聞いていた。普通の家族ならば、帰りは重たい雰囲気になってもおかしくないが、脳科学者の恩蔵さんは意外な結果に喜々としていた。
「認知症では海馬に萎縮が見られることが知られています。でも先生が示してくれたデータでは、同年代の平均以上には萎縮していましたが“それだけ?”というわずかなレベルでした。“私がこの1年抱えてきた悩みはいったい何?”と思う程度。これだったら、できることはいくらでもあると感じました」
受診前の悲観的な気持ちはどこへやら、すっかり前向きな気持ちになっていた。病院からの帰りの車の中で、運転席の父親、助手席の母親に向かって、後部座席から恩蔵さんは弾んだ声で話しかけた。
「ママ、大丈夫だったよ。これから一緒に料理しよう。毎日は無理だけど、週3回ね。それからパパにもやってもらいたいことがあります! ママと2人で散歩してください」
まず料理だが、恩蔵さんによれば、料理が難しくなるのは次のような理由だ。
海馬は「今ここで起きていること」を長期記憶として保存するために重要な役割を果たす部位だ。例えば今、会った人の名前、その人と話した内容、あるいは映画や小説のストーリーの流れを覚えるときなどに機能する。
「海馬の働きが弱くなると、料理の手順を時系列で覚えられなくなります。何を料理しているのか、今どの工程まで終えたのかがわからなくなるのです。だから母は料理ができなくなってしまった。真っ青な顔をしていたのは、今まで得意だったことができなくなったことに打ちのめされ、自信をなくしてショックを受けたからなんです」
しかし、包丁の使い方など、身体が覚えている動作は忘れない。恩蔵さんは、料理中、頻繁に今何を料理していて、どこまで工程が進んでいて、次に何をすればいいのかを母親に伝えた。つまり海馬の役目を恩蔵さんが果たせば、母親はまた料理ができるはずだと考えたのだ。
恩蔵さんは料理をほとんどやってこなかったので、母親の得意料理、天ぷらと茶碗蒸しなどを教えてもらうことにした。記憶がまだ残っている間なら、それができると思ったのだ。恩蔵さんは料理初心者なので、もたつくこともたびたびあったが、いろいろな料理を二人三脚で完成させた。
「母も料理がまたできたことで自信になったのか、青白かった表情が生き生きして、認知症になる前と変わらない、豊かな表情になりました」
「皿洗いは任せて!」と、鼻歌を歌いながら担当してくれるようにもなった。洗剤をつけ忘れて、洗い残しが見つかることもあったが、指摘はせず、自分がやると決めたことは続けてもらった。
「失敗をするのはかわいそうだからと仕事を取り上げると居場所がなくなるし、自尊心を保つことも難しくなりますので見守ることにしました」


















