「散歩」で記憶を整理する機能を維持

診断から約7年。大腿骨の骨折で寝たきりになり、最後の1か月半は有料老人ホームに入居した。それでも、娘の助言を機に習慣になった夫婦の散歩はずっと続けた
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 もうひとつ、提案した散歩。目的は、記憶を整理する機能をキープするためだった。

「海馬が萎縮するとともに“後頭頂皮質”の働きが落ちていたんです。海馬と後頭頂皮質は、デフォルト・モード・ネットワークという回路でつながっていて、これがうまく機能しないと、記憶の整理整頓ができないのです」

 散らかった部屋では物をなくしやすいのと同じように、脳内で記憶が整理されていないと、必要な情報を取り出しづらくなってしまう。

「この状態だと、何かやろうとしても空回りしてしまうので、自信をなくしたり、やる気をなくしたりするんです」

 デフォルト・モード・ネットワークを活性化させるには、入浴や睡眠などでリラックスしたり、何も考えず散歩したりするのがよいとされる。両親はすぐに習慣化した。

「父が会社員だったころは、一緒に散歩したりする時間がなかったからでしょうね。『主人と一緒の時間が増えてうれしいの』と母は友人に言っていたようです。父が準備にもたついていると、『先に行くわよ』とけしかけるぐらい楽しそうでした」

 散歩コースは自宅から片道約40分。途中にあるファミリーレストランで食事して家に戻るのだ。父親の實さん(77)はこう話す。

診断後、初めて行った秋田旅行。竿燈まつりへ
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「道すがら子どもを見かけると、近寄って『だーれだ?』と言っては可愛がっていました。子どもも心を許して女房のあとをついてきそうになったり、楽しそうでした。ピアノ教室をしていたから子どもが好きなんですね。通り沿いの家に咲く薔薇などのお花を見かけると足を止めて、『きれいね』と楽しんでいました」

 散歩の習慣は、認知症が重度になってもやめることなく、脚を骨折して歩けなくなるまで7年間続いた。

 恩蔵さんは母親の変化を振り返って、次のように語る。

「脳科学には“安全基地”という言葉があるんです。子どもは初めて滑り台に挑戦するとき、必ず親の姿を確認しています。もし失敗しても助けてくれると思うから勇気を出して頑張れるんです。実は大人にとっても安全基地は必要だということがわかっています。でも母が認知症になった当初、私は母の安全基地にはなれていませんでした」

 認知症の診断前、みそを買いに出かけたのに、忘れて帰ってきたときは、「え、なんで」と大げさに驚いた顔をした。恩蔵さんが入浴中に、不意にドアを開けられたときは「やめてくれない?」と不機嫌な顔をしたり……。家事を完璧にこなす母親だっただけに“しっかりしてほしい”という気持ちもあり、つらく当たることも多かったのだ。

 母親は「私の居場所はここにはない」と言って、家を出ていこうとし、それを制止すると「あなたたち、私を否定するじゃない」と怒った。恩蔵さんはモヤモヤした感情や不安を日記に書きつけていた。