母の笑顔を取り戻した変顔合戦

 診断から6年目の'21年ごろ、恵子さんの認知症が重度になる。おのずと困り事も増えてきた。食べる意欲がなくなり、「これ食べてね」と言っても伝わらず、介助しなければ食べない状態で、食事に1時間かかることも。口を開けば、「もう嫌だね」というネガティブなことばかり。恩蔵さんは、かなり追いつめられていた。

 そんなとき、ケアマネジャーの門倉幸子さん(45)が鋭い疑問を呈してくれた。

「最近、必要な言葉だけをかけていませんか?」

「寝て」「これに着替えて」「食べた?」といった言葉だ。恩蔵さんが「必要ではない言葉というと?」と聞くと、門倉さんは即座に「恵子さん、このお花きれいですね」と語りかけた。すると恵子さんも「きれいだね」と反応した。

 門倉さんによれば、認知症の人にも感情の引き出しが残っているが、本人はその引き出しを開けられない。開く引き出しを探すのが、専門職や家族の役割なのだという。

「絢子さんは探究心が旺盛なので、私の提案を即実行してくれました。音楽をかけて一緒に踊るのがいいと言うとやってくれ、次に行くと報告がありました」(門倉さん)

 さて、恩蔵さんがいちばんの恐怖だった「認知症になると母は母でなくなってしまうのか」という疑念だが、見事に消えていった。

「最後まで母は母でした」

 恩蔵さんはそう断言する。

 母親の友人2人は定期的に、恵子さんを誘い、洋服を買いに出かけたが、「趣味や好みは認知症になっても変わらない」と教えてくれたという。一緒に出かけた美智子さん(仮名)が回想する。

「恵子さんが好きな洋服は、かわいい感じの、花柄で、フリフリのついたデザインのものなんです。一緒に買い物に行ったもう1人のママ友と、『恵子さん、絶対にこれ選ぶよね』と言っていたら、やっぱり選んだんです。買い物が終わったら、うちに来て早速買ったばかりの服を身にまとってファッションショーをしてくれました」

 かわいいネイルをしたこともあった。うれしそうな表情で指先の写真を撮らせてくれたという。

 言葉の理解が難しくなり、コミュニケーションをとるのも困難となり、恩蔵さんが精神的にもまいっていたときのこと。「生活に必要のない言葉」も思いつかず困り果てたとき、恩蔵さんはふと“変顔”を思いつく。人間は生後間もなく最初に覚えるのが“ものまね”だということを思い出したのだ。若いころに身につけた能力は衰えにくいことを知っていたので、思いっきり変な顔をしてみせた。すると恵子さんはその2倍ぐらい変な顔を返してくれた。

「おかしくておかしくて2人で爆笑しましたね。気持ちは確かに通じていた。その瞬間、ママには私を楽しませたいという気持ちが残っていたんだと感じました。人を楽しませたり、人の役に立ちたいとずっと思っている人なんだと」

大腿骨の骨折が引き金となって

母・恵子さんが亡くなった後も、認知症当事者と家族の感情について熱心に研究を続け、前向きになれるための方法を発信し続けている
母・恵子さんが亡くなった後も、認知症当事者と家族の感情について熱心に研究を続け、前向きになれるための方法を発信し続けている

 恵子さんは'23年1月、大腿骨の骨折が引き金となって体調を崩し、5月に亡くなった。實さんは最愛の妻を亡くしたショックで、最期の瞬間の前後数時間の記憶が飛んでしまったという。

 生きていれば結婚50周年、つまり金婚式になる半年後の11月に、恩蔵さんは父親を誘って、結婚式を挙げた大磯プリンスホテルに出かけ、食事をした。實さんが回想する。

「テーブルには女房の遺影を立てました。ホテルのスタッフが気を利かせて、遺影の前にワイングラスを置いてくれ、“3人”で乾杯しました……ありがたかったです」

 最後は言葉を詰まらせた。

 恩蔵さんは、その後も認知症当事者などと話しながら、母親と過ごして感じたことがほかの人にも当てはまるのかといったことを研究している。昨年12月には、若年性認知症当事者の丹野智文さんとの共著『認知症の進行を早める生活、遅らせる習慣』を出版し、当事者の感情、家族の関わり方などに迫った。

 医師による認知症情報が多い中、恩蔵さんは当事者の声や気持ちを脳科学の視点から発信する「代弁者」といえる。

「認知症の人たちの話を聞いていると、たとえ重度になってもやってみたいことはいっぱいあるんです。それを叶えるには、家族が“安全基地”になることが大切です。その人がやってみたいと思うことを支える。その“自由”を確保できたらいいですね」

 とはいえ、いざ実行に移そうとすると簡単ではない。

「大好きな人だからこそケガをさせないために守りたくなって過干渉になりがちです。私も何度もそうなりかけたり、気がつくとなっていました。でも失敗するのは仕方ないと思うんです。本当はしないほうがいいけど、ケンカするのも無理はない。でも最終的には、認知症の人が失敗しても安心して戻っていける場所を確保してほしいと思います」

 恵子さんは自分が認知症になった結果、娘がテーマを見いだし、認知症当事者や家族が救われる研究に役立てたことを喜んでいるに違いない。

<取材・文/西所正道>

にしどころ・まさみち 奈良県生まれ。人物取材が好きで、著書に東京五輪出場選手を描いた『東京五輪の残像』など。2015年、中島潔氏の地獄絵への道のりを追ったノンフィクション『絵描き・中島潔 地獄絵一〇〇〇日』を上梓。