やるか、やらないか─選んだ仏の道
しかし33歳のとき、病に蝕まれる。
「結核性両側性胸膜炎を患いました。半年ほど入院する間も、死生学の学びなど、やり遂げたいことすべてが止まるのがストレスで……」
退院後は正看護師の資格も取得。それから平日は大学で民俗学を学び、休日は有料老人ホームで働いた。
「哲学や地質学も学び、卒業論文ではマタイによる福音書をテーマにしました。でも自分としては納得のいかない仕上がりになり落ち込んでしまいました。そんなとき、地元のお寺に立ち寄ると、座禅会を行っていたんです。座禅でもすれば気が晴れるかなと、通い始めました」
10年にわたり寺へ通うも、仏門に入るつもりはなく、離島で自然死の看取りを学び働きながら続けていた。出家を決意したのは、48歳のとき。
「きっかけはなく、ただふっと直感に従ったというか。しんどいと思うこともなく、淡々と日々を繰り返し、3年半修行を積みました。それからさまざまなお寺を巡りましたが、不徹寺の山門を跨いだ瞬間、なぜだか“ここだ”と確信したのです。私はいつも目の前にあることを、やるか、やらないかで選ぶ。どんな人生の岐路も直感が示す方向に進んできただけなんです」
現在は、悩みを抱える女性の話に寺で耳を傾け、講演会では死への向き合い方を説く。
「多くの女性は子どもや親、夫への不満や心配事を口にするばかりで、自分の問題と向き合っていません。相手を変えようとしても状況は変わらない。まずは過去の後悔も含めて自分を認め、今にフォーカスしようと伝えます。今を積み重ねれば、未来を見据えられる。するといくつになってからでも人生はやり直せるし、命がある以上、まだまだ無限の可能性があるとわかるはずです」
松山照紀さん…1962年生まれ。臨済宗妙心寺派松壽山不徹寺住職。48歳で出家し現在は尼僧庵不徹寺の庵主を務める。懐石勉強会、お香の会、被災地支援、修行体験の受け入れなど、活動は多岐にわたる。
松山照紀さん…1962年生まれ。臨済宗妙心寺派 松壽山 不徹寺住職。48歳で出家し現在は尼僧庵不徹寺の庵主を務める。懐石勉強会、お香の会、被災地支援、修行体験の受け入れなど、活動は多岐にわたる。
取材・文/植田沙羅

















