千葉清英さんが造ったバッティングセンターは子どもたちや仮設住宅に住む人たちの憩いの場に
千葉清英さんが造ったバッティングセンターは子どもたちや仮設住宅に住む人たちの憩いの場に
気仙沼フェニックス・バッティングセンターの前での千葉清英さん
気仙沼フェニックス・バッティングセンターの前での千葉清英さん
『夜明けのバッティングセンター 3.11で7人の家族を失った息子と私の15年』千葉清英・著、藤澤志穂子・協力 草思社 税込み1980円 震災の記録であると同時に、失意の底から「生き直す」ことを選んだ父と息子の物語。
『夜明けのバッティングセンター 3.11で7人の家族を失った息子と私の15年』千葉清英・著、藤澤志穂子・協力 草思社 税込み1980円 震災の記録であると同時に、失意の底から「生き直す」ことを選んだ父と息子の物語。
千葉清英さん 株式会社千葉一商事代表取締役社長。「気仙沼フェニックス・バッティングセンター」運営者。1969年、東京都生まれ。1998年に結婚し、妻の実家がある宮城県気仙沼市に移住。2003年、(株)千葉一商事に入社し、2009年に代表取締役就任。2011年3月11日に発生した東日本大震災で7人の家族を亡くす。2014年に「気仙沼フェニックス・バッティングセンター」をオープン。東日本大震災の体験、防災の大切さを伝えるため、講演活動などを行っている。
千葉清英さん 株式会社千葉一商事代表取締役社長。「気仙沼フェニックス・バッティングセンター」運営者。1969年、東京都生まれ。1998年に結婚し、妻の実家がある宮城県気仙沼市に移住。2003年、(株)千葉一商事に入社し、2009年に代表取締役就任。2011年3月11日に発生した東日本大震災で7人の家族を亡くす。2014年に「気仙沼フェニックス・バッティングセンター」をオープン。東日本大震災の体験、防災の大切さを伝えるため、講演活動などを行っている。