例えば、どんな名ゼリフが、燃え殻さんの心を揺さぶってきたのか。真っ先に挙げたのは、人生初のデートで好きな女の子を連れていったプロレスのデスマッチ大会でのワンシーン。
「小田原まで、釘板デスマッチを見に行きました(笑)。リング上に、釘を打ちつけた板(釘板)を設置して、選手が叩きつけられて流血を伴ったりするんですけど。
小田原城の駐車場が会場で、丘の上からリングの設営風景をずっと見てたんです。僕は、もうワクワクしてるんですよ! 『釘板がどんどん設置されていくね♪』って。そのとき、彼女は『あそこに花が咲いてるね』って言ったんです。たぶん、『おまえ、釘板見すぎ』って意味の返しだった。
それって、名言ではないけど、名ゼリフではあるじゃないですか。『あそこに花が咲いてるね』(=釘板見すぎ)は、僕の人生に爪痕を残す言葉だった。『恋愛とは××である』みたいな、どんな名言よりも、恋愛の教訓として残った。人生において、そういう名ゼリフにみんな助けてもらってるんじゃないかな、と」
Xでバズりたいと思わなくなった
すでに書き始めているという原稿の中に、認知症の祖父に言われた「あなた、友達を大切にしなさいよ」というセリフを扱った回がある。
「このひと言だけ聞くと、名言でもなんでもないと思うんです。でも、エッセイ全体を読めば、なんでこの言葉が僕にとって“名ゼリフ”だったのか、がわかる。それは、エッセイという、ある程度の長さの文章表現だからこそできることで、Xのポストではできないことなんですよ」
燃え殻さんは、もともと会社員として始めた旧ツイッターで、日々のやるせないことを140文字以内の言葉でつぶやき、多くの投稿がバズったことで注目を集め、作家活動につながった経歴を持つ。
「今、Xでバズりたいと思わなくなったんです。いろんな人がバズる言葉を狙って投稿を始めるなかで、自分はそうじゃないことをしよう、その先にもっと面白い表現があるんじゃないか、と。
もう少し複雑な回路のものを書きたくなったんだと思います。一文を抜き出せないけど、全体を読むと面白いものを、この新連載でも書いていきたいと思っています」
新連載では、親交のある著名人の名ゼリフも扱っていくという。
「前に、エッセイで竹中直人さんに会った夜のことを書いたことがあるんです。学生のころからずっと憧れてた人。その夜は、雨が降っていて、竹中さんが窓の外を走る車を見ながら、『ヌードの夜みたい』(竹中直人主演の映画。監督:石井隆/1993年公開)って言ったんです」
竹中直人のこの言葉そのものが、名ゼリフであるが、その出来事を綴ったエッセイを読んだ、歌人・俵万智さんに言われた感想もまた“名ゼリフ”として、燃え殻さんの心に刺さった。
「先日、僕がやってるラジオ番組のゲストとして、俵万智さんが来てくれて。俵さんも、『ヌードの夜』が大好きで、出ている俳優さんと一度飲みに行ったこともあるそうで。自分の人生でも大事件だったけど、だからこそ、そのことを短歌にもエッセイにも書けなかった。
書いても自慢にしかならないだろうし、感情をコントロールして書ける自信もない、と。でも、『燃え殻さんは、親の話や友達の話を書くみたいに、有名な人も無名な人も、自分が好きな人も嫌いな人も、“全部同じ温度で書かれているのがいいわね”』って言ってくれたんです。“あなたプロね”って認めてもらえた気がして、その言葉がうれしかった」

















