「よんなー、よんなー」リスナーがくれた勇気
リハビリを始めて1年6か月後、狩俣さんは職務復帰を果たす。失語症を患った方の職場復帰率は約10〜15%といわれるほど、その壁は高く険しい。ましてや、正確に言葉を操り、人々に伝える「アナウンサー」という職業への復帰となれば、いかに奇跡的なことかがわかる。
復帰後、彼の背中を押したのは地元・沖縄のリスナーだった。番組に届くたくさんのメールには、温かな言葉が並んでいたという。
「みんなが『よんなー、よんなーよ』って言ってくれるんです。沖縄の言葉で『ゆっくりでいいよ、のんびりでいいよ』という意味。本当に勇気づけられました。届いたメールはプリントして今も大切に持っています」
意味がわからない言葉に出合うと、スマホのカメラで写して検索したり、当たりをつけて文字起こしをして調べる。そんな地道な作業を繰り返しながら、少しずつ、言葉を取り戻していった。倒れてから約2年がたった去年の夏ごろ、狩俣さんは「しゃべれるようになってきた」という確かな自覚を持った。
「自分としては、今はまだ小学生くらいかな(笑)。日によってしゃべれたり理解できなかったりすることもありますが、昔に比べたら大進歩です。『もうダメ』と、くじけそうになったときもあったけれど、心の中のもう一人の自分と『自分でやっていかないとどうにもならないよ』と励まし合いながら、一歩一歩進んで今があります」
現在は、日々学びながら働く生活を送っているが、その過酷さは想像以上。
「正直、本当に大変です。最近も祭りの現場に朝から出て、翌日は立っていられないほど体調を崩したこともありました。でも仕事があるからこそ、それが励みや刺激になっています。職場やスタッフが待っていてくれたことが本当にありがたいですね」
自身の体験を伝える講演活動にも、強い使命感を持って取り組んでいる。
「失語症のことをもっと知ってほしいし、同じ病気の人たちやそのご家族に『頑張ろう』と思ってもらいたい。でも、『努力はしていこうね、自分にしかできないからね』とも伝えています。努力すれば、ちょっとずつでも良くなっていく。それを自分でも示してお伝えしていきたいです」
彼の次なる目標は、自著の出版に、来年開催される「世界のウチナーンチュ大会」での閉会式の司会。かつて務めた大役の舞台に、再び立つことを目指しているそう。
取材中も、言葉を思い出そうと立ち止まる場面や、言葉に詰まる場面が幾度かあった。一つひとつの言葉を、正しく、丁寧に届けようとするその真摯な姿には、不屈の決意がにじんでいた。
<取材・文/荒木睦美>

















