自身の思いを託した『難破船』

 そんな関係性を築いた孤高の歌手がもうひとりいる。“歌姫”と呼ばれた中森明菜(60)である。

 おトキさんは、セカンドシングル『少女A』のころからその才能に舌を巻き、'84年の『飾りじゃないのよ涙は』、'85年『ミ・アモーレ』、'86年の『DESIRE―情熱―』とアメイジングな進化に驚き、まるでひとつの歌を映画のように深く描き切る明菜の力に脱帽した。

 そんなアーティストとして独自の世界を築きつつある彼女を見て、ある思いが芽生えていく。

「'84年にレコーディングした『難破船』は、私自身が20歳過ぎに経験した初めての失恋をモチーフにした歌。この曲を22歳になったばかりの明菜さんに歌ってほしかった」

 そんな思いからおトキさんは歌番組で共演した際、スタジオの隅でひっそり出番を待つ明菜にカセットテープを手渡し、

「あなたがもし、この曲を歌うなら、しばらく私は歌うのをやめるわ」

 そうひと言添えた。

 その数日後、東京郊外で行ったコンサートの楽屋に明菜からの艶やかな花が届けられた。やがて明菜が歌う『難破船』は、日本レコード大賞にもノミネートされた。

 おトキさんには忘れられない思い出がある。

「共に出演した『夜のヒットスタジオ』で『難破船』を歌う明菜さんが間奏で、思わず一筋の涙を流したんです。その場面を見て、私は『悲しい酒』を歌いながら涙を流す、美空ひばりさんのことを思い出しました。あのときの光景が今も忘れられません」

 2人の歌姫が流した涙。それはおトキさんが作った『難破船』が昭和の名曲『悲しい酒』と肩を並べる瞬間でもあった。

 そしてもうひとつ。おトキさんには心に残る“まさか”がある。それが、'92年に公開されたアニメ映画『紅の豚』で出会った宮崎駿監督(85)との“まさか”。

 劇中でおトキさん演じるジーナがフランス語で歌う、パリで起こった市民革命のさなかに生まれた『さくらんぼの実る頃』。

 このシーンは、おトキさんにとって今も忘れられない名場面となった。

「『紅の豚』で描かれた時代から100年。世界は再び、大きな危機の中にいます。でもこれまでもたくさんの時代を超えて、人々は生きてきました。どんなときも素晴らしく生きようとする、そんな夢を捨てなかったからです。その思いを失うことのないように今こそ、この100年の時を歌い継いでいきたい」

 そんな願いを込めて、彼女は「加藤登紀子コンサート2026 明日への讃歌」のステージに立つ─。

今回のエピソード以外の“出会い”も振り返った加藤登紀子の著書『「ま・さ・か」の学校』(時事通信社)※画像をクリックすると、Amazonの購入ページにジャンプします。
【写真】デビュー60年を超えても歌う姿は変わらない、加藤登紀子のステージショット

取材・文/島 右近 撮影/佐藤靖彦