ランコントルをセレンディピティに
山形から東京へ、東京からパリへ、パリから東京へ、東京からブルターニュへ、駅構内から公園通りへ、公園通りから原宿へ……岸の人生の節目には、いつも偶然の“出会い”があった。
「結局、人生って出会いそのもの、すべて出会いだと思っているんです。フランス語で出会いは“ランコントル”ですが、特殊な、その出会いによって自分の将来が変わるのはセレンディピティ、これが本当に偶然の、最高の出会いなんです。特別な人生の宝、宝くじが当たったみたいな出会いなんですよ。そんな出会いが私の中で20回くらいあって、これは私が努力したんじゃなくてね、その出会いが私をつくってくれた。
それには、ランコントルをすごい出会いにしちゃえばいいわけです。そういうふうに自分で持っていければ、素晴らしい出会いが増えるってことでしょ? 偶然にすごい出会いもあるけども、ちょっとした出会いが大きくなることもあるわけで。それも含めて『セレンディピティをつくるのが人生なんだ』と思っているんです。
誰かと出会うこと、偶然っていっぱいあるわけです。その出会いをセレンディピティにすればいい。それが人間のできる努力なんです。自分は出会いに恵まれているなと考えてるとね、そういう出会いが必ず来るんですよ。自然と来るんだな」
1984年に父が亡くなったとき、岸は後を継ごうかと考えた。しかし周囲から「やめておけ」という声があり、出会いもなかったため山形へは帰らなかったそうだ。しかし生前の父が務めていた山形県に関係する役職を引き継いだものがあるという。
「親父がやっていたのを引き継いでやってくれと頼まれてね。これからは山形全体だけじゃなくて、地元の金山にも恩返しできたらなと思ってます」
寺田は岸について「二番煎じをしない方」だと語る。「だからいかに成功しようとも、人がやったことはしたくない。長いお付き合いの中で、そのスタイルだけははっきりしていますね。ずっとロマンを求めているというか、やっぱり人が驚いたり、ワクワクしたり、びっくりするようなことを世の中で展開したいという気持ちを強くお持ちの方です。会社の経営で大変な時期もあったと思いますが、岸さんには不思議なパワーがあって、なんとかなっていっちゃう方なんですよ」
吉岡は、岸もクレープも人をワクワクさせる存在と言う。「バイトを始めたとき、なんかワクワクしたんですよね。岸さんもそうだし、原宿という場所がそうなのかもしれないけど、なんかやってて『いいな』ってすごく思った。バターの香りとか、目の前でクレープがスッと焼けて、それを畳んで出すみたいなことがすごい素敵だったんです」
そして寺田と吉岡はクレープは“ハレの日の食べ物”であり、その明るさやワクワクする感じは「岸さんだからこそ」だと口をそろえる。中条はそうした明るい“岸イズム”がマリオンの社内や店舗に息づいていて、長く勤める人が多いと話す。
岸は「私が歩んできた人生は、成功する、しないじゃなくて、誰もやっていないことをやってきて、だいたい失敗ばかり。成功したのはクレープだけなんです」と笑う。
「だけど人のモノマネをしたことはないです。全部自分で作ってきました。誰もやっていないことをやる。そこへ踏み込んでいかないと、新しいものは何もできないんじゃないですかね。私は失敗してもね、なんとも思わないんですよ。そんなのはかすり傷みたいなもんだっていうような感じでね。
そして飽きないで、また新しいことをやっていくんです。本当におかげさまで、クレープで世界中へ行きました。ウチのクレープ、おいしいでしょ? クレープをよく知ってる人は、みんなおいしいって言ってくれるんです。本当にね、マリオンのスタッフはみんな明るいですよ。暗いクレープなんて、嫌でしょ?」
人をワクワクさせる甘く香ばしいおいしさ、食べながら歩くスタイルが持つ軽快さ、ハレの日の食べ物という明るさ、そしてひらめきと、失敗を恐れず、新しいことへチャレンジし、偶然の出会いが人をつくる─クレープは、まさに岸という人間そのものの味わいなのだ。
取材・文/成田 全 撮影/山田智絵


















