富美宮允子内親王の避暑のための御用邸だった

 1967(昭和42)年公開の『007は二度死ぬ』では、イギリスの諜報部員(スパイ)であるジェームス・ボンドの初代をショーン・コネリー(2020年没)が演じた。現在でも人気が続く映画『007』シリーズの第5作である。

 この作品は日本で撮影され、丹波哲郎(2006年没)のほか、初の日本人ボンドガールとして若林映子と浜美枝が登場し、第50代横綱佐田の山(2017年没)も本人役で登場した。『007』シリーズが世界中で大ヒットしていた当時、それまでのスパイ映画といえば暗く、戦争の影でひっそりと悲惨な自己犠牲の上に国家のため滅私奉公するイメージだった。だが、そのイメージを破ったのがジェームス・ボンドだった。

 プレイボーイで女性にモテ、どんな危機にもユーモアを忘れず、ギャンブルは負けしらず、秘密兵器を駆使する。そんな新しいスパイ像で人気を博した。日本側は日本情報部部長の丹波、女性エージェントの若林、浜。東京都台東区蔵前にあった旧「蔵前国技館」の支度部屋でボンドが佐田の山から升席のチケットを受け取ると、隣に若林の姿があり、スポーツカーの「トヨタ2000GT」のオープンカーで連れていかれたのが、箱根の富士屋ホテルだったのだ。

 菊華荘は、1895(明治28)年に明治天皇の8女(第8皇女)の富美宮允子(のぶこ)内親王の避暑のための御用邸として造営され、1934(昭和9)年に高松宮別邸となった。戦後の払い下げにより、1946(昭和21年)に富士屋ホテルへ下賜された。

 日本料理のレストランと、1日3室限定の宿泊施設として使用されている菊華荘は、かつては宮ノ下御用邸と呼ばれた。旧御用邸には、随所に菊の紋が残されており、皇室施設としての歴史をいまに伝えている。

 允子内親王は、1891(明治24)年に誕生。旧「宮ノ下御用邸」は4年後に建造され、終戦直後に払い下げられた。

 数寄屋風書院造りの純日本建築の落ち着いた佇まいと、美しい日本庭園を特徴とする、国の登録有形文化財だ。宮ノ下温泉は箱根町にある温泉地で、箱根七湯の一つだ。箱根山の外輪山である浅間山の北麓、早川の谷の崖上にある。

 泉質は弱食塩泉、単純泉。泉温は24・0~96・0度で、胃腸病や婦人病に効能があるとされる。允子内親王は1911(明治44)年、旧皇族の朝香宮鳩彦(あさかのみややすひこ)王と結婚。1923(大正12)年に鳩彦王が留学先のパリでの交通事故で重傷を負うと、急遽パリに向かい、夫の静養に同行して2年間パリに滞在した。

 このため、当時ヨーロッパで流行していた装飾美術「アール・デコ」への造詣を深め、帰国後にアール・デコ様式の宮邸を新築するのに注力したことで知られる。この宮邸が現在の東京都庭園美術館(港区白金台)の本館となっている。