昭和天皇が宮ノ下御用邸滞在中に書かれた手紙

 宮ノ下御用邸は、昭和天皇も皇太子時代によく利用していたことが、『昭和天皇実録』の記述から分かる。「実録」とは天皇・皇族の事跡を時系列にまとめた記録集だ。『昭和天皇実録』は宮内庁が1990(平成2)年に編集・編纂を開始。2度の計画延長を経て、24年余りをかけて2014(平成26)年に完成した。

 過去の「実録」の中には「実録」ではなく『明治天皇紀』のように「紀」と命名された実録もあるが、本質的には変わりがない。完成した『昭和天皇実録』は、宮内庁が1万2000ページ余りを上皇・上皇后両陛下(当時はを天皇・皇后両陛下)に奉呈(献上)した。分量は天皇の実録として最長だった『明治天皇紀』の1・5倍に当たるという。

 昭和天皇は戦前、ゴルフが大変好きだったことで知られるが、『昭和天皇実録』には1917(大正6)年7月18日、15歳の昭和天皇が「宮ノ下御用邸にお入りになる。御到着後、神奈川県知事有吉忠一以下に謁(えつ)を賜(たま)う。箱根御滞在中、午前は朝間体操並びに自習、武課体操を、午後は近辺への御運動、水泳等、御夕餐(ごゆうさん)後には器械体操、ゴルフ練習を御日課とされ、習字や日本画の稽古にも取り組まれる」との記載がある。

 昭和天皇が14歳くらいの頃、弟の秩父宮と高松宮に宛てて書いた手紙が見つかっているが、これは昭和天皇が宮ノ下御用邸滞在中に、奈良、京都を旅行中の2人に出したものとされる。「何の御障りも無く所々御見物のよし承りうれしゅうございます」「京都は暑さが烈しいようでございますからとくに御身体を御大切に」などと記され、温かな兄弟愛を伝える。

 皇室の歴史が刻まれた貴重な建築物を維持管理している富士屋ホテルの広報部門では「菊華荘は皇室にゆかりがあるということもあり、和食どころとして人気が高く、ここ最近は、団体客なども受け入れ好評をいただいている」との見解を示している。