目次
Page 1
ー キャリア50年の蓄積が育んだ交友関係
Page 2
ー ちょっと変わった子どもだった幼少期
Page 3
ー 錚々たるメンバーが参加したデビュー盤
Page 4
ー 多くの楽曲提供でヒットメーカーに
Page 5
ー 慕ってくれたアイドルとの思い出─
Page 6
ー 母の死が導いた『メッセージ』
Page 7
ー 人を笑顔にし、魅了する料理と音楽
Page 8
ー 夫婦二人三脚で歩み続ける音楽の道

 尾崎亜美がデビュー50周年を迎えた。オリジナルアルバムのリリースと記念コンサートを控えている。ここ数年、サブスクリプションの隆盛によって1970~'80年代の邦楽が海外でも聴かれているさなかでの祝祭となる。

キャリア50年の蓄積が育んだ交友関係

先日、アメリカ公演から帰国したばかりの杏里と電話で話したんですよ。やっぱり海外ではアップテンポの曲が多いとウケがいいんだろうなと思っていたら、『オリビアを聴きながら』もみんな日本語で“お気に入りの歌~”って口ずさんでいたそうです。

 杏里にあの曲を書いたときは、まったく違うタイプを3曲提出しました。10代のデビュー曲にバラードは選ばれないだろうと思ったら、ディレクターさんがいちばん気に入ってくれて決まりました。京都から上京した私は、東京の生活に流されてはいけないという気持ちと、杏里に感じた芯の強さが重なって、あの歌詞が生まれました

 こぶしを回して楽しく歌唱しながら話す、人懐っこい性格と、キャリア50年の蓄積が育んだ交友関係から、次々とビッグネームが飛び出る。

矢野顕子さんは帰国するときはいつもわが家に食事にいらっしゃいます。彼女はニューヨーク在住ですが、海外公演では若い観客がすごく多いそうです。日本だとずっと聴いてきた往年のファンが中心だけど、海外は若者たちが先入観なしで自由に聴いて楽しむので、いろんな反応が見られてすごくうれしいって話してました。

 私のライブでは最近、親子で見にこられる方が増えていて、親子のコミュニケーションとしてお役に立てたかなと思うとすごくうれしいです。それと私の周りには、素晴らしい才能と個性を持った先輩がたくさんいてありがたいです。みなさん変わってますけど(笑)。

 高中正義さん(尾崎の夫である小原礼とともに在籍していたサディスティック・ミカ・バンドのリードギター)は、“高中星人”と呼ばれているほど変わり者。木村カエラさんがメインボーカルで加入したミカバンドの最後の再結成ライブが終わって楽屋に戻った瞬間、派手派手な衣装のまま荷物を持って、じゃ!と手を上げて帰ってしまいました。メンバー全員の集合写真も撮れず、スタッフも大慌て。さすが高中星人です(笑)」