週女読者におなじみの「エダモン」こと料理研究家・枝元なほみさんには、「食」を通じて社会の問題に取り組み続けてきた、もうひとつの顔がある。ホームレスや被災地への支援に続いて、コロナ禍で始めたのは、週3日、夜にだけ開くパン屋さん。都内を中心に、全国のパン屋さんから売れ残りそうなパンを買い取り、販売するプロジェクトだ。店頭に立つのは、就職氷河期世代のホームレス、シングルマザー、バイト先を失った大学生……。「食べるのに困る人がいる一方で、フードロスが起きる現実」に立ち向かう、枝元さんの挑戦の日々を追う。

 2月9日午後5時過ぎ。東京タワーにほど近いJR田町駅のすぐそばで、『夜のパン屋さん』の開店作業が始まっていた。猫のイラストが描かれたベージュのキッチンカーが止められ、その横にテーブルクロスがかかったテーブルが並ぶ。子どもの背丈ほどの青い光のツリーと、立て看板が目印だ。テーブルの上のかごにパンやマフィンが並べられると、あっという間に人だかりができた。

4~5店舗のパンが並び、人気ベーカリーの味をいろいろ楽しめる。枝元さんレシピのマフィンも好評 撮影/伊藤和幸

 料理研究家の枝元なほみさんは2020年10月、コロナ禍で夜のパン屋さんをオープンさせた。パン屋さんから売れ残りそうなパンを買い取り、それを販売する仕組み。店頭に立つのは、ホームレスの男性、シングルマザー、コロナ禍でアルバイト先を失った大学生など、さまざまな事情で職を失った人たちだ。田町店は、神楽坂、飯田橋に続く3号店になる。

「普段はリモートワークだけど、出社するたびに買ってます」「妻に買ってきてと言われて」「いろんなお店のパンが買えるから楽しみ」「ここって枝元さんのやってるお店ですよね?」「会社帰りに結構、立ち寄るんです」……。

 老若男女、さまざまな人たちが買いに訪れる。この日も、70〜80個ほどあったパンは、すぐになくなる人気ぶり。枝元さんも販売に立ち、お客さんと笑顔で会話していた。

「パンを売るってすごくいいな、と思うの。食べ物を人と人との間に置くって、敷居が低くなるというか、ドアが軽く開くというか。食べ物っていいな、とあらためて思った」

 ふんわりした笑顔でゆったり話す枝元さん。しかし、枝元さんのそばにいる人たちはみな、そのやさしい雰囲気の奥にある、熱い思いや行動力に圧倒されていた。夜のパン屋さんに至る背景には、枝元さんのどんな思いがあるのだろうか。

昨年12月オープンの田町店だが、すでに常連客をつかんでいる。母娘でパンを選ぶ女性の姿も 撮影/伊藤和幸

「初の営業」から始まったホームレス支援

 夜のパン屋さんは、ホームレスの人たちの自立を支援するため、雑誌販売の仕事を提供している『ビッグイシュー日本』が手がけるプロジェクトだ。枝元さんは関連団体のNPO法人『ビッグイシュー基金』で共同代表を務める。

 枝元さんがビッグイシューに関わるようになったのは、同誌でスローフード特集の取材を受けたときに、「何か手伝わせてください」と自ら言ったのがきっかけ。人生初の「営業」だった。

「日本型のお金のシステムはおかしいな、と思い始めていたころだったの」

女性客にパンの説明をする枝元さん。売れ残りそうなパンを販売するため、日によってラインナップが異なる 撮影/伊藤和幸

 とあるニュース番組でお弁当を作る仕事を受けた。枝元さんの自宅を撮影場所に使い、タレントもやってきて、大変な仕事だった。しかし、謝礼は1万円。おかしいと思い、ディレクターに伝えると「僕もそう思います。でも、会社のシステムでそう決まっているんです」と言われた。

 また別のあるとき、自治体の料理教室の講師を依頼された。枝元さんが材料を用意し公民館に運んだ。しかし担当者に「公共事業なので、ギャラが出ないんです」と言われてしまう。

「おかしいと思っているのに仕方ない、というのが嫌で、もやもやするんです」

 一方、みぞれの日にホームレスの人を見かけ、お金を渡そうとしたら、断られてしまった。「どうやったら関係を持てるのだろう」と枝元さんは悩んだ。そんなころに出会ったビッグイシューは、お金ではなく、雑誌販売という仕事を提供することでホームレスの自立を支援していた。そこに共感した。

「相手のことを“かわいそうな人”と思っていては、つながれない。フラットな関係がいい」と枝元さんは言う。

都内3店舗、夜だけ開くパン屋さんの存在は、街に溶け込みつつある 撮影/伊藤和幸

 当初はビッグイシューの誌面で、料理とエッセイのコーナーを担当していたが、現在は姿を変え、『ホームレス人生相談×枝元なほみの悩みに効く料理』として連載が続いている。

 夜のパン屋さんが誕生したのは、'19年の暮れに『ビッグイシュー』に託された寄付がきっかけだった。「ただ配って終わるのではなく、循環を生み出す使い方をしてください」と、寄付した篤志家の男性は望んだ。

 '20年初頭は、東京オリンピックが開催される予定だった。オリンピックが終わると、経済も気分も冷え込む。枝元さんは、その9月を狙った。

「ビッグイシューはやる気だよ(支援するよ)、とアピールしたかったんです」

 寄付の使い道を考えるなかで、チェーン展開する店で売れ残ったパンを本部に集め、夜間に安く販売する北海道・帯広のパン屋さん『満州屋商店』の取り組みが思い浮かんだ。それを参考に夜のパン屋さんの企画が立ち上がった。フードロスを解消できるだけでなく、ビッグイシューの販売者の仕事づくりにもなる。

 キッチンカーは、枝元さんが車を見に行ったその日に即決。ちょうど新型コロナ禍で「ロックダウン」がささやかれていたころだ。外出自粛の影響で、飲食店の人たちが移動販売を始めるかもしれないと思い、「急がなきゃ」と枝元さんは考えていた。

 協力してくれるパン屋さんを探し求め、1軒1軒回った。「これが人生2度目の営業でした」と、枝元さんは振り返る。

「ビッグイシューで関わる人たちは男性が多かった。でも(年末年始に生活困窮者への支援を行った)『年越し大人食堂』をやってみて、ホームレスが女性の問題にもなっているんだな、ということがよくわかったんです。田町のお店は、フードロスをなくすということだけではなく、女性の仕事になるようなことをやりたいと思って」

 '21年12月にオープンさせた田町店のスタッフは、みな女性だ。そのひとり、宮高未有さん(※宮高さんの高は正しくはハシゴ高)は、山梨県で子育てをしていたが離婚し、子どもを抱えて東京の実家で暮らし始めた。仕事を探している最中に、友人の紹介で夜のパン屋さんと出会った。現在、キッチンカーを運転するのは宮高さんの仕事だ。

「枝元さんには、女性の仕事を作りたいという考えがあって、スタッフひとりひとりの働き方を考えてくれます。私も子育てをしているので融通がきかないんですが、子どもが病気をして仕事に行けなくなったとしても、気負わなくてすむような、働きやすい雰囲気をつくってくれています」(宮高さん)