氷河期世代の青年がホームレスになった事情

 枝元さんが長く取り組んでいる貧困の問題。今年で3年目を迎えた新型コロナウイルス禍は、私たちの生命や暮らしに大きな影響を与えている。枝元さんが話すように、女性をはじめ多くの人たちが仕事を失った。困窮して家賃が払えなくなったり、炊き出しで飢えをしのぐ人もいる。

 路上生活はしていなくても、住まいをなくし、インターネットカフェなどを泊まり歩く「ホームレス状態」にある人も珍しくない。

 ビッグイシュー日本の東京事務所で所長を務める佐野未来さんは、コロナ禍の現状をこう話す。

16時~17時ごろに参加店のパン屋さんから引き取り、店頭に並べる 撮影/伊藤和幸
16時~17時ごろに参加店のパン屋さんから引き取り、店頭に並べる 撮影/伊藤和幸
【写真】女性客にパンの説明をする枝元さん。『夜のパン屋さん』には、さまざまな人たちが買いに訪れる

「これまでビッグイシューの販売者は50〜60代が多かったんですが、コロナ禍で30〜40代が増え、中には20代もいます。

 リーマンショックのときも20~30代の人がたくさんやってきて驚いたんですが、再び増えている状況です。コロナで働き口を失った人も多いです」


 ホームレスの人たちが販売する雑誌、ビッグイシュー。定価450円で、1冊売れると、仕入れ値を除いた230円が販売者の収入になる。路上で販売される雑誌ゆえ、リモートワークは不可能だ。

 ところが、最初の緊急事態宣言が出された'20年4月、街頭から人の姿が消えた。ビッグイシューの売り上げにも影響が出始め、販売者は厳しい状況にさらされていた。どうやって販売者の命をつなぐのか、喫緊の課題だった。

「そこで、『コロナ緊急3か月通信販売』という取り組みを始めました。緊急通販に多くの申し込みをいただいて、販売者に販売協力金として現金を提供したり、販売応援グッズを配ったりしながら、この2年間を乗り切ることができたんです」(佐野さん)

 また、路上生活者には、ビッグイシュー基金でホテルやシェルターを用意した。NPO法人『つくろい東京ファンド』と連携し、2年間無償でスマートフォンを貸し出すプロジェクトに参加、販売者に携帯電話も支給できた。

「昔は夜回りや炊き出しに行って(ビッグイシューの販売をやらないかと)声をかけていたんですが、最近は路上生活よりネットカフェ暮らしの販売者のほうが多いです。所持金が尽きて、明日は泊まれないかもしれないという人がネットカフェで検索すると、すぐにできる仕事としてビッグイシューが出てくるようで、それをきっかけに東京事務所へいらっしゃる方が増えていますね」(佐野さん)

左から、ビッグイシュー日本スタッフの佐野さん、販売者の西さん 撮影/伊藤和幸
左から、ビッグイシュー日本スタッフの佐野さん、販売者の西さん 撮影/伊藤和幸

 販売者の西篤近さん(43)も路上生活をしながら、お金があればネットカフェで寝泊まりする暮らしを続けてきた。所持金が尽き、「3週間、水しか飲んでいなかった」ときにビッグイシューが作成した『路上脱出ガイド』を読み、東京事務所へつながった。

 自身を就職氷河期の影響を大きく受けた「ロスジェネ(ロストジェネレーション)世代」と呼ぶ西さんは、なぜ路上生活を送るようになったのだろうか。

 西さんは佐賀県の大学を中退後、陸上自衛隊の自衛官として13年勤めた。東日本大震災では、南三陸町に災害派遣され、「責任感の塊」だったという。しかし─。

「被災地で子どもたちとキャッチボールをすると、新聞はそれを悲惨な状況の中のハートフルな記事にします。でも見る人によっては、自衛隊が遊んでいるように見えて批判の声も出る。当時もよく“自粛”と言われましたよね」(西さん、以下同)

緊急通販は現在、第8次を受け付け中。第9次を募集するか検討中だ
緊急通販は現在、第8次を受け付け中。第9次を募集するか検討中だ

 上司にはやめておきなさいと言われる一方で、「子どもと遊ぶくらい、いいのでは?」という思いがあった。だが、世間の目がある。そんな板挟みの状態に窮屈さを感じつつ、被災地から帰った。