目次
Page 1
ー 死んだ後も続くようなシステムと場所を
Page 2
ー 奥田さんの手法は「叱る代わりに無言で“タイムアウト”」
Page 3
ー 奥田さんが進むべき道を示してくれた ー 諦めずにとことん向き合う
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ー 壮絶な生い立ちと園長として見守る母 ー 父親のように慕った人
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ー 大学で運命を変える先生との出会い ー 学会で大御所に論戦を挑むことも度々
Page 6
ー 論戦でボコボコにした先生から…
Page 7
ー 「さやか星小学校」の設立を進める

 子どもの暴力、友達とのトラブル、不登校……。育てにくさに悩み、専門機関を受診して、発達障がいだとわかることは多い。

 先天的な脳の発達の偏りによるもので、小中学生の6・5パーセントが発達障がいだというが、支援は追いついていない。

 専門行動療法士、臨床心理士の奥田健次さん(50)は学校や医師に相談しても解決せず、困り果てた親子のもとを訪れ、28年間で2万数千件もの出張カウンセリングを行ってきた。学校や施設でのコンサルテーションでは行動分析学の手法を用いて、激しい暴力すら1回の相談でゼロにするなど、まるで魔法のように子どもを変えていく姿から“子育てブラックジャック”との異名をとる。

『拝啓、アスペルガー先生』など支援の様子を詳細につづった著書を多数刊行。暴力や不登校など大変なケースから、夜尿症(おねしょ)というどんな子どもにも起こりうる悩みまで、具体的な解決方法と背景にある行動原理がわかりやすく書かれており評判になった。

 そんな奥田さんが私財を投じて2018年4月に長野県御代田町で創立したのが「サムエル幼稚園」だ。

死んだ後も続くようなシステムと場所を

保護者に向けてさまざまな手法を指導する奥田さん
保護者に向けてさまざまな手法を指導する奥田さん

「もともとエンターテイナー気質があって、人を笑わすとか喜ばすのが好きなんです。だから困っている親子を笑顔にするために、どんなことをしたらええんかなと。ずっと週7日働いてきたけど、僕が会える親子は限られている。だったら、自分が死んだ後もずっと続くようなシステムと場所を残そうと、借金して土地と建物を手に入れたんです。スタッフの教育にもむちゃくちゃ力を入れていますよ」

 現在、年少から年長まで20人の園児が在籍。割合は公表していないが発達障がいの子も受け入れている。理事長を務める奥田さんに、園内を案内してもらうと─。

 思い思いのおもちゃで自由に遊んだり、先生が紙芝居を演じたり。ごく普通の幼稚園らしい光景が広がる一方、広い部屋の片隅には、大声でずっと泣き続けている男児がいる。

「ママー。うわ~ん」

 男児の周りはプラスチック段ボールのパーティションで囲まれ小部屋のようになっている。男児は3歳で自閉症スペクトラム障害(以下、自閉症)だという。発達障がいの一つである自閉症は、言葉の遅れや興味の偏り、他人との関係の形成が難しいなどの特徴がある。

 奥田さんは無表情のまま、泣きわめく男児の手をとると、有無を言わさずに、手に持ったパズルを同じ形の穴にはめさせていく。

「あー、上手、上手。いいね、いいね~」

 その後、女性教員と遊べるまで機嫌を戻したが、しばらくするとまた泣き出した。

 言葉で説明できないぶん、泣いたり暴れたりする自閉症児は多いが、ここまでひどく泣き癖がついてしまったのは、以前通っていた保育園での間違った対応のせいだと、奥田さんは指摘する。

「この子のいた保育園では泣いている子を抱いて、よしよしトントンする。それでも泣きやまないと、お母さんを呼ぶ。それはよくある対応なんだけど、この子にそれはあかんよと。“泣き続けたらお母さんが迎えに来てくれる”と学習し、“泣き”が強化されてしまったんですね。それを1年間続けた、成れの果てがこれです。発達障がいは生まれつきだけど、行動を強めたのは環境の要因ですから

 親も保育園もお手上げ状態で転園させたのだろうが、奥田さんは「うちでは直せるよ」と、こともなげに言う。

「1週間で直る子もいれば、半年かかる子もいる。この子は症状が重いので、どのくらいかかるかわからないけど、絶対に直せます」