「もう死んだほうがええ。包丁持ってきてくれ! そがいに邪魔になるなら、死んじゃる! 死んじゃる!」
そう叫びながら、激しく泣く認知症の妻。しばらく穏やかに諭していた夫は、叫び続ける妻を大声で一喝する。
「ばかたれー! そがいに死にたいなら、死ね!」
夫に怒鳴られて、妻は叱られた子どものようにしゅんとして小声で言い返す。
「怒らんでも、ええじゃないの」
老老介護の日々を追ったドキュメンタリー映画
広島県呉市で暮らす高齢夫婦の老老介護の日々を追ったドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のワンシーンだ。
どこにでもいそうな老夫婦の涙あり、笑いありのやりとりに、自分の親や将来の自分を重ね合わせる人も多く、2018年11月に劇場公開されると満員御礼が続出。観客動員数は20万人を突破した。昨年3月には続編の『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』が公開され、今も各地で上映会が開かれている。
監督・撮影したのはひとり娘の信友直子さん(61)。東京でドキュメンタリー番組を制作するディレクターとして長年働いてきた。自分用にビデオカメラを購入し、練習台として両親の撮影を開始。最初は家族の楽しみで撮っていただけで、発表するつもりはなかった。
それが、母の文子さんが85歳でアルツハイマー型認知症を発症すると、老老介護の現実を映した貴重な映像に。同僚のすすめで'16年にテレビで放映すると好評で、映画化に向けて動き出したと、信友さんは説明する。
「例えば、母が突然、テーブルの下に潜り込んで、『何で私はこういうふうになったんかねー。私はおかしい思わん?』と言い出したことがあって。そういうことを認知症の本人が口にした映像は、あのころはほとんどなかったんですよ。だから、この映像を表に出して、ボケたら何もわからなくなるんだろうと思っている人たちに、いや、実は本人が一番つらいんですよと、伝えていこうと思ったんですね」
元気だったころの母は料理上手で、娘の洋服を全部手作りするほど裁縫も得意。映画の中でも楽しそうに家事をこなす姿が何度も映し出される。それが認知症を発症すると、物忘れが増え、料理の手順を忘れ、洗濯もおぼつかなくなる……。
ある日、洗濯をしようとした文子さんは大量の汚れ物を床にばらまくと、「たいぎい(疲れたという意味の広島弁)」と言って、汚れ物の上に横になって眠ってしまう。胸が詰まるような光景なのだが、そこに父の良則さんが通りかかり、「まだ洗濯しとらんのか」と声をかけて、寝ている文子さんをひょいとまたいでトイレに行く。それが夫婦の日常なのだとわかり、信友さんも撮りながらクスッと笑ってしまったそうだ。
だが、認知症が進行するにつれ、冗談好きで明るかった性格は一変。文子さんは自分の頭を叩いて、「私はどんどんバカになってきよる」と泣きわめくようになり、冒頭のシーンにつながる。家族に迷惑をかけるばかりの状況に、いたたまれなかったのだろうと、信友さんは母の気持ちを推察する。