“共感されなきゃ”から解放されて
旅が終わりを迎えるころ、かつての恐怖心は消えていた。
「僕は人の共感がすべてだと思って、しかもその共感を履き違えてやってきたけど、この旅は確実に僕だけのものだし、誰かに共感してもらうためにやったこともゼロだし。むしろ、わかってたまるか、という気持ちで、日々のインスタもアップしていた。でも、こんな旅をしたことがない人たちも、リアクションしてくれた。
それは僕が考えていた共感とは、つじつまが合わないんですよね。あなたにもわかる言葉やメロディーじゃなきゃダメだ、俺しかわかんないものだと共感してもらえない、という恐怖にさいなまれてきたけど、このインスタは旅に興味がない人たちも、僕の音楽を知らない人も、面白いと言ってくれた。共感に対しての考え方を改めなきゃなと思いました」
それは古舘にとって、大きな発見だった。
「この旅で気づけたことは、自分というものを見失わないために、自分と向き合って生まれたものが一歩目。それが人にどう伝わるかはその次で、一歩目じゃないということです。それを音楽でもやらないと、また音楽をやる意味がない」
「本屋B&B」でのトークイベントの後半、又吉直樹はこんな話もした。
「僕の小説もそうですけど、選ばれなかった側の人が主人公の話に惹かれるんです。選ばれなかった人が、山口一郎さんに選ばれて、ブーブー言いながら過酷な旅をしている。それが面白いと思いました」
父・古舘伊知郎は、息子が初めて書いた本を買って読み、こんな感想を送っていた。
「音楽もお芝居も、俺には難しいことはさっぱりわからないけど、佑太郎の言葉紬はけっこういい線いっているから、文章も頑張ってみたらいかがでしょう」
高校のころからTHE 2解散まで、音楽活動も俳優業も、一貫して「応援はしないが止めもしない」という姿勢だった父が、初めて息子の表現にリアクションをくれた。
「ある意味、自分と対等に、1人の表現者として見てくれているんだな、と最近は感じて、感謝しています」
ただ、この旅で自分が大きく変わった実感はないという。
「むしろ、変わってないことのほうが多いと思います。自分のどうしようもない部分や、情けない部分は、カトマンズに行こうが、ガンジス川に入ろうが、変わらないんだなと。唯一変わったのは、そんな自分を変えなくていいんだ、自分だけは自分を受け止めよう、と思えたこと。それが僕の中での、旅の結論になりました」
旅に出て2日目、バンコクから足を延ばしたサメット島で、夕暮れの中レンタルバイクを走らせながら、無意識にTHE IMPRESSIONSの『PEOPLE GET READY』を口ずさんでいた。以降、この歌に何度も支えられた、彼にとって大事な曲である。
旅の最後にバンコクに戻り、2か月前と同じ宿へと歩きながら、その曲を口笛で吹いていた。われに返って恥ずかしくなったが、やめなかった。口笛ごときで人の目を気にするなんて、昔の自分のすることだ、と思ったからだ。

「高校生のころは、自分が名曲だと思えたら、名曲だった。でも、20代後半には、人に訊く以外、ジャッジの手段がなくなっていた。そんなことばかりやっていたら、人の目を気にしまくるようになりますよね。でも、旅の間は、出会ったばかりの知らない人に、審判を委ねるわけにいかない。すべてを自分でジャッジするしかない。毎日そうしていくうちに、忘れていた何かが戻ってきた感じがありました」
すべてを自分で決めなければならない旅の中で、過去でも未来でもなく、今に向き合うことが大事なのだと、古舘は気づいていく。
「それまでの僕は、将来のことに焦りすぎて、今を台無しにしていた気がしたんです。未来が不安になりすぎて、今の瞬間の大切なものを逃していくのはイヤだ、あくまでも今の積み重ねが未来をつくっていくんだ、今を大事にしよう、と思ったんですよね」
「本屋B&B」で対談を終えた後、古舘は弾き語りで『PEOPLE GET READY』を歌った。オーディエンスがじっと聴き入る中、響く彼の声は、高音部でちょっとかすれたり、詰まったりした。単にキーが高かったせいかもしれないが、涙をこらえているのかもしれない、とも思えた。
旅を終えた古舘は、前出の山口にすぐ会いに行かなかった。行ったのは4か月後で「また過呼吸になるくらい怒られた」と言う。
なぜ、すぐに恩人に会いに行かなかったのだろうか。
「ほんとにいろんな人に訊かれるし、責められるんですけど。これはねえ、カトマンズに飛ばされたやつにしかわかんないと思う! 1人でアジアに放り出されて、2か月帰ってくるなと言われて、旅の最初は一郎さんを恨んだけど、途中からとてつもない感謝に変わった、だから帰国したらその足で一郎さんに感謝を伝えに行く……っていうのは、行ってない人たちが描く、きれいな物語なんですよ。
ドキュメンタリーは違うんです! 僕と同じように誰かに海外に飛ばされた人がいれば別だけど。だから、僕にしかわかんない!」
その言葉は「他人にわかってたまるか!」という熱であふれていた。

<取材・文/兵庫慎司>