勉強のかたわら音楽や文学に熱中した大学時代
ストイックに小説の執筆に励む堂場さんにとって、現在の環境は理想形のようだ。
「小説以外のことを何もしなくていいのは、ありがたい限りです。今のような状態になりたくて、いろいろなものを捨ててきましたから」
堂場さんが捨ててきたものとは? 小説家・堂場瞬一をつくっているものとは? 堂場さんのこれまでの歩みの中にそのヒントが隠されているかもしれない。
「子どものころから作家になろうという気持ちがあり、書く仕事をしていれば作家になれるかな、ということで新聞記者になりまして、入社後15年ほどたってから作家としてデビューしました。言ってみれば、新聞社を文章修業の場に利用したということですが、それが生きているかどうかはわかりません」
堂場さんは茨城県に生まれ、中学ではバレーボール部に所属し、高校ではラグビー部で主将を務めていた。それだけを聞くと体育会系の印象だが、一方では読書家の少年でもあった。
「小・中学生のころは星新一などのSFを好み、高校生くらいからダシール・ハメットなどのハードボイルドを読むようになりました」
高校卒業後に進学した青山学院大学時代からの友人である福冨達夫さんは、堂場さんの読書人ぶりを目の当たりにしている。
「大学の勉強とアルバイトで忙しい中でも多くの本を読んでいましたね。非常に難解な作品ともいわれているジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』といった分厚い本を読破していました」
福冨さんは文学や音楽の話題を通して堂場さんと親しくなっていったという。

「それまでの僕はビートルズやローリング・ストーンズのようなブリティッシュロック系を好んでいたのですが、彼からジミ・ヘンドリックスやロマ音楽とジャズを融合させたギタリストのジャンゴ・ラインハルトなどを教わり、聴くようになりました」
2人とも中高生のころからギターを弾き始め、大学3年で一緒にバンドを組んだ。
「彼がリードギターで、僕はリズムギターを担当しました。ボブ・ディランの曲やブルースなどを演奏した記憶があります」
大学4年のときには、堂場さん発案のプロジェクトに参加したそうだ。
「僕たちは青山学院大学国際政治経済学部国際政治学科の1期生で、就活で苦労した部分があるんです。後輩の役に立てばと、30数名の学生に取材をして就活の体験談を冊子にまとめました。おそらく彼は、さまざまな仕事に就く133人へのインタビューをまとめたスタッズ・ターケルの著書『仕事(WORKING)!』にインスパイアされて発案したのだと思います」