顔の悩みで命を絶った20代女性
ある日、東京のカルチャーセンターに20代後半のCさんが訪れた。深くうつむき、最前列に座ったCさんは、高校1年生のときに脳の難病を発症。その影響で顔全体に重度の吹き出物ができていた。顔が原因で高校を中退。就職先は帽子とマスクで顔を隠せて、誰とも会話をする必要がない清掃の仕事しか選べなかった。
肌は赤みが強く、凹凸も目立ち、一般的なメイクでは隠せなかった。かづきさんは当時持てる限りの技術を尽くしてメイクをし、Cさんはその仕上がりを喜んだ。だが、かづきさんにとっては満足のいくものではなかった。
「どうしたらいいか、一緒に考えてあげることしかできなかったんです。でも、彼女からたくさんのことを教わりました。例えば、顔に悩みを抱える女性にとって、姉妹など身近な同性との比較がどれほどつらいか。身体は健康なのに、顔の悩みによって社会に出ていけないことがどれほどストレスになるか……」
その後、Cさんは形成外科で手術を受けたが、半年もたたないうちに再発。病気が完治しない限り顔も元に戻らないことを知ると、精神面が不安定になっていった。かづきさんは頻繁にかかってくる電話に応じ続けたという。
後に、形成外科医から精神科医を紹介されたと聞き、ただCさんの回復を願っていた。
しかし1年後、Cさんは自ら命を絶つ。
「本当にショックで、救えなかったことを悔やみました。医療に託したという安心感で、その後の社会復帰まで支援するという心構えが欠けていたんです」
顔の悩みが、人の命を奪うこともある─かづきさんは、そんな現実を思い知った。
生きていくために必要なメイク
約30年前、かづきさんがメディアで注目され始めたころ、ある看護師が全身にやけどを負った20歳の女性を連れてきた。
彼女は手術により医療的な治療を終えたが、顔にやけどの痕が残っていた。看護師は「外見のリハビリも必要」と、痕が目立たなくなるメイクを教えてほしいと頼みにきたのだ。
「このとき、“リハビリメイク”という言葉が生まれました。医療従事者が私のメイクをリハビリの一環と捉えてくれたことが、医療とメイクの連携に取り組む原点になったのです」
かづきさんは、メイクだけでは難しい傷痕や凹凸をどこまで自然にカバーできるかという課題に直面していた。
「メイクだけでは傷痕が浮いて見えたり、光ってしまうので、人工皮膚のようなシートが欲しいと思ったんです」
テープ材メーカー勤務の親戚がいることを思い出して相談してみたが、「そんな極薄のテープは前例がないし、無理だ」と言われる。しかし、粘り強く交渉し続け、試作を重ねた。
「13年の月日が過ぎて、もう諦めかけたころ、『これ、使えるかな?』と持ってきてくれたのが、まさに私が思い描いたテープだったんです。光らず透明で、肌との段差ができないほど極薄で、負担も少なく、上からメイクできるもの。鳥肌が立つほどうれしかったですね」
冒頭で紹介した、かづき・デザインテープ誕生の瞬間だ。それ以降、リハビリメイクで対応できる症例も増えた。
そして、Cさんの痛ましい出来事を教訓に、1999年からは大学病院の形成外科や歯科外来で調査研究のため、リハビリメイクを開始。医療現場との連携を本格化させた。
スタージ・ウェーバー症候群で顔に血管腫のあるDさん(64)も、かづきさんに救われたひとりだ。皮膚移植の経験に加え、右目の視力を失い、公共の乗り物で人に顔を見られることに強い苦痛を感じていたという。
「以前の隠すメイクは厚ぼったくて気が滅入りました。でも先生のメイクは軽やかで、自分らしさを大切にできる。イエローのベースを塗れば、ほとんどナチュラルで済むんですよ。人の目が少し気にならなくなりました」
現在、Dさんは社会福祉の仕事をしながらひとり暮らしを続け、娘や孫の成長を見守る。自分の力で生活し、好きなことを楽しめる今が幸せと語る。
Eさん(58)も2歳のときに負った口元の傷に長年悩み続けてきた。美容整形手術を考えたこともあったという。
「先生はまず、私の傷にいっぱい触れて、鼻の下に線が2本あるように見えるよねって、私の悩みをそのまま言葉にしてくださったんです。『年齢とともにたるみで傷が目立ちやすくなるけど、これを続ければ変わってくるからね』とマッサージしてくださって」
傷痕が薄くなるよう上から小さなテープを貼り、ファンデーションで整えた後、ピンク系メイクで仕上げた。
「整形しなくても、こんなに変われるなんて……と涙が出ました。もうすぐ還暦だからマスクで隠して生きようと思ってたと話したら、『なに言ってんの? まだ若いじゃない、これからよ!』って先生が励ましてくださって」
その後、Eさんは髪形を変え、心機一転したという。
「顔はどうしても人の目につきます。私のようにずっとひとりで悩んでいる人は多いと思います。そんな方こそ、かづき先生の“魔法のメイク”を試してみてはと思います」
美容整形が身近になった今こそ、「女性の顔を守りたい」とかづきさんは声を強める。
「否定するつもりはないけど、気軽に繰り返すことには注意が必要ですね。美容整形って“家の増改築”に似ていて、何度も繰り返すとバランスが崩れるように、顔も自然な感じがなくなっちゃう」
手術を繰り返す人の背景には、外見への強い執着や精神的な不安もあるため、精神科との連携も大切だという。
「顔は一生に一つしかない大切なもの。だからこそ、メスを入れる前に、まずはメイクで理想に近づく方法を試してほしいと願っています」