「でも、いつかこういう日が来ると思ってもいました。実は母も祖母も60代でがんで亡くなっているんです」

不在の日に備えて準備期間

 息子が20歳になるまでにグループホーム入居を目指したのも、“その日”に備えてだった。心の自立のために長い年月をかけて積み上げてきた苦手の軽減である。

「他人の部屋に入らない、物を勝手に使わないなどを根気よく伝え、家族と離れて暮らす環境にも慣れるように、小学生のときからずっとショートステイの経験もさせてきました」

 だから、がんの宣告を受けても、息子はゆっくりでも成長していると信頼していた。

4月に息子がグループホームに入所したら、自分のルーツであるスコットランドを含め、イギリス旅行を計画していましたが、息子の入所が7月にずれ、断念。そのタイミングで、ひどい腰痛と激痛に襲われ病院へ行ったことで、がんが見つかりました。新型コロナの流行までは検診も受けていましたが、当時は息子と娘と日々の暮らしで精いっぱい、病院に行くのも後回しに。

 亡くなった祖母は、喉頭がんの痛みでしゃべることができず、筆談で『つらい』と訴えていました。その闘病の様子を幼少期に見ていたこともあり、抗がん剤治療に抵抗感がありました。しかし、医師から『治療しなければ余命3年』と言われ、治療をすることに。最初は不安もありましたが、何も知らないからこそ怖くなるんだと考え、自分でも調べて学び、納得をして闘う覚悟を決めました」

術後、食欲がなくても口から栄養をとろうと必死に飲んでいるアオキ・シャナさん
術後、食欲がなくても口から栄養をとろうと必死に飲んでいるアオキ・シャナさん
【写真】重度の知的発達障害がある息子とのツーショット

 医師からも詳しく説明を受け、さまざまな薬があることを知りセカンドオピニオンをとり、納得した上で治療に取り組む決意をした。

 便の出口である肛門管にできたがん。リンパへの転移もあった。33回の放射線治療が始まる。デリケートな部位だけに副作用の痛みは、言葉に表せないほどだった。