目次
Page 1
ー 手紙だからこその心のやりとりができた
Page 2
ー 偲び続けるだけが、本当の弔いではない
Page 3
ー 喪失感は人類共通だから分かち合っていい

「私も小林さんも同年代で、ほぼ同じ時期に大切な存在を亡くしています。今回、手紙をやりとりすることによって、その喪失感が癒されていった感覚があります

 そう話す猫沢エミさんが、両親、愛猫、親友との相次ぐ別れに見舞われたのが、9年ほど前のこと。古くからの友人、小林孝延氏も同じ時期に長く看病した妻を見送った。

手紙だからこその心のやりとりができた

 会話ではなく、手紙だからこその心の開き方があるのではないかと、愛猫を亡くしたばかりだった今回の本の編集者にすすめられて、猫沢さんと小林さんの手紙(文章)のやりとりが始まった。

「こちらは探り探りに問いかけたつもりが、小林さんからは『いきなり直球ド真ん中の質問がきましたね』なんて、受け止め方の違いもあって、手紙のやりとりは新鮮でした。

 そもそも私たちは、真逆のタイプ。小林さんは、すごく言葉を選ぶ人。一方の私は、思ったことはすぐ口に出してしまう。一見、全く違う二人だけど、会うとなぜかノリが合う。

 友達という信頼関係をもとに、手紙のやりとりをしていくなかで、時に心の境界線を踏み越えるような、お互いの心を開示し合えた本になったと思います」(猫沢さん、以下同)

相手につられて、変なテンションに

 二人はLINEなど、すぐに連絡がとれる間柄ではあるが、そこでは一切、手紙の内容には触れなかったという。

「『こないだは、ああ書いていたけど、本当はどう思っているの?』なんて、手紙以外で聞いてしまうと、その世界観が壊れてしまうからです。

 昔の手紙がそうであったように、手紙は、相手に対して自分の気持ちを真摯(しんし)に伝えようとする敬意のカタチです。その精神を崩したくなかったので、小林さんからの手紙の言葉だけを純粋に読みとり、それに対して私の考えを伝えることに努めました」

 次はいつ来るのかな、とポストをのぞいて待ったり、そろそろ来るはずだけど遅れているのは忙しいのかもしれない……、などと相手の“今”を想像したり。このような、往復書簡が持つ「世界観」を大切にして、小林さんとやりとりを続けたそうだ。

「私だけの原稿なら、前はこう書いたから次はこう書こうとか、何回分かまとめて書いておこう、といったことができますが、今回は、小林さんの返事を読んでからでないと自分が書く内容が決まらない。

 小林さんがいるからこそ、次の私の原稿が決まって、小林さんの原稿も決まっていく。心を打ち明けていくタイミングやスピードも、相手あってこそで、予測のつかない面白さがありました。

 やりとりを重ねるごとに、心の変化が手紙に表れていくのですが、特筆すべきは小林さんが南米で書いてくださった第6便。小林さんはアマゾンに釣りに行って、ちょっとハイテンションになっているんですけど、私もその影響を受けて、次の便りを壮大なテーマで書いているんです(笑)

 量子力学とか宇宙物理学とかを引き合いに出しながら。まさに相手がいるからこその内容になっています」