舞い込む悩み相談の“答え”を著書に託して
1993年からは、ハーバード大学の客員研究員として毎年渡米し、研究を続けてきた。早稲田大学教授を退官したのは2008年。最後の講義は受講生で満員となった大隈講堂で行われ、外にまで学生たちがあふれ返るほどだった。どれほど多忙でも執筆の手を止めることはなく、これまでに手がけた著作はおよそ700冊に上る。人生に迷ったとき、何かのヒントを求めるとき、その一冊に救われた人も多いはずだ。
「出版社やラジオ局、時には自宅にも、読者からの悩みを綴った手紙が数多く寄せられました。一つひとつに返事はできない代わりに、必死で本を書いてきました。より多くの人に、自分自身と向き合う方法を伝えたいという思いです」(加藤さん)
'16年には長年の功績が評価され、秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。米寿を迎えた今も、朝はパソコンに向かい原稿を書くことから一日が始まる。その速筆ぶりから、ゴーストライターの存在を疑われたこともあるのだとか。
PHP研究所で長く担当編集を務めた大久保龍也さんは、前任者から「とにかく厳しい先生だぞ、担当者は大変だぞ」と繰り返し聞かされ、内心ではびくびくしていたと振り返る。
「実際にお会いすると、印象はまったく違いました。こんなテーマを考えているんだけど、とざっくばらんに話してくださり、こちらの提案にも柔軟に耳を傾けてくださる。原稿は早く、本も売れる(笑)。編集者としてこれほどありがたい方はいません」(大久保さん、以下同)
日頃は冷静な加藤さんだが、一度だけ、怒っている姿を見たことがあるという。
「'05年に、当時のライブドア社がニッポン放送の株式を大量取得し、経営参画しようとしたことがありました。もし実現すれば、長年大切に守ってきた『テレフォン人生相談』の内容も変更されてしまうかもしれない。そのときばかりは先生も、けしからん!と憤っていらっしゃいました」
タクシーで加藤さんを送り届けたときのこと。運転手が「今の方、加藤諦三さんですよね。いつもラジオで聴いているので声でわかりました」と声をかけてきたという。
「大変な人気で、編集部にも、先生と直接話したいという電話がよくかかってきました。夫と離婚したくて……、といきなり相談を始める方もいました。編集部に寄せられたファンレターは、通常は開封し、中身を確認してから渡してほしいと希望される著者の方々がほとんどです。でも加藤先生宛ての手紙は深刻な個人情報が含まれることが多いため、開封せずにすべてそのままお渡ししていました」
同社からは『心の休ませ方』『不安のしずめ方』など数々のベストセラーを刊行。中でも、版を重ね、長く読み継がれている『自分に気づく心理学』では、加藤さん自身が親の支配からどのように離れ、自己を築いていったかが率直に綴られている。
大久保さんは「実の親のことを、こんなふうに赤裸々に描いても大丈夫だろうか」と心配になったこともあるという。自身の内面や家族との関係にまで踏み込みながら、自己分析の過程で得た気づきを言葉にする。同じ苦しみを抱える読者へ、“偽りの生き方”から抜け出すための手がかりを示してきた。
《自分の中に甘えの欲求があるならば、正しく自分の欲求を理解すること。そうすることで、その不満からどれだけ救われるか分からない》
《小さい頃、愛情欲求を満たされることなくすごした人は、自分は自分の第一の理解者であろうと本気で決意することである。本気で自分にやさしくなろうとすることである》(『自分に気づく心理学』より)


















