「私にとって、お釈迦様はアニマル浜口だ!」

高校時代。卒業後は、住み込みで落語の修業を3年間経験
高校時代。卒業後は、住み込みで落語の修業を3年間経験
【写真】「寝るときは手をつないでます」という夫の大治朗さんと

 そんなどん底を救ってくれたのが仏教だった。ふと、自分の小遣いで買った仏教書が目に留まったのだ。宗教に関心を示すきっかけは、3歳のときに祖父が亡くなったことだった。

「死んだら火葬場で焼かれますよね。めっちゃ怖いなと思って、夜、寝ながら泣いていたんです。その問題を解決したくて宗教の勉強を始めました」

 久々に仏教書を読み返すうち、あることに気づく。

「自分とお釈迦様との関係は、当時活躍していた女子レスリングの浜口京子選手と、父親のアニマル浜口さんの関係と似ていると思ったんです。アニマル浜口さんは“気合だ!”と娘を励ましながら、試合中もずっと声をからして声援を送る。私も同じように、お釈迦様からずっと応援されてきたと思ったんです。私は、お釈迦様の弟子だなって」

 さらにこう思った。

「今、自分が死んだらお釈迦様が悲しむんじゃないか。だから、死ぬのはやめようと」

 自殺を思いとどまってから、両親への悪感情も潮が引くように消えていった。

「そのころからです。私もお坊さんになろうと考えるようになったのは。自殺を思いとどまらせてくれた仏教を多くの人に知ってもらおうと」

 まず落語家を目指し、のちにお坊さんにもなろうと決意。

「そのことを心の中でお釈迦様にお伝えしましたら、“そう(僧)”とおっしゃいました(笑)」

 行動は早かった。高校3年のとき、初代が落語家で僧侶でもあった露の五郎兵衛の門下、露の団四郎(現・五郎)師匠に弟子入りを志願したのだ。しかし最初は断られた。弟子入りを許してくれた両親を伴って交渉しても、答えは同じ。それでもなお頼んでいると、熱意が通じ、ついにお許しが。2005年3月、高校卒業後、すぐに入門した。

 芸名は「団姫」に決定(以下、五九洛に改名するまで団姫と表記)。当時は昔ながらの修業の名残があった。今なら「ブラック」と言われそうなことが日常的に起きたのだ。

 住まいは師匠の自宅の隣のアパート。掃除、洗濯、炊事など身の回りのこと、師匠の子どもの送り迎えもした。夜中でも携帯電話に連絡があり、怒られることもしょっちゅう。

「喜楽館」の楽屋にて、落語家の桂ぽんぽ娘さん(右)と
「喜楽館」の楽屋にて、落語家の桂ぽんぽ娘さん(右)と

 団姫さんと親しい落語家の桂ぽんぽ娘さん(46)は、当時のことをよく覚えている。大須演芸場で、団四郎師匠が作った料理を、団姫さんとぽんぽ娘さんが配膳したときのことだ。

「師匠が“団姫!”と、めちゃくちゃデカい声で呼ぶんです。彼女はヒャーって風のように走っていって、すっごく謝っている。まだ仕上げていないおかずを運んだと怒られているんです。犯人は私だったので師匠に謝ると、優しい声で“なんや、おさなぎ(色=当時の芸名)か、ほんならエエねん”っておっしゃって、その瞬間、“怖~っ!”と思って。団姫姉さんは“それ私じゃないです”と言いたい気持ちを抑えて、えらいなと。と同時に、これから3年間の修業、大変だなと」