卒業後はパチンコに明け暮れる日々

 高い組織力で強いチームを築いてきた実績だけでなく、人格や礼儀正しさも高く評価されている森保監督。だが、かつては今の姿からは想像もつかない“やんちゃ”ぶりだった。

長崎市立深堀中学時代、卒業式に金髪で登場しました。同級生に手伝ってもらってオキシドールで脱色。教室で先生にバレて水道で洗われましたが、脱色しているので、黒髪に戻るわけもなく……。在校生として式に出席していた後輩も突然、金髪になった森保さんが現れて驚いていました」(森保監督の知人、以下同)

 特待生として長崎日大高校に進学したが、そこでも“まじめ”な生徒ではなかったようだ。

高校2年生の夏にサッカー部を退部。学校にも2週間ほど行っていませんでした。深堀中の同級生の多くがすでに就職していて、自由に使えるお金があったことから、一緒に夜な夜な遊んでいたと聞きました。父親とサッカー部の監督による説得もあって、なんとか部活動に戻ったみたいです

 森保監督と同い年で、同じ長崎県出身の福山雅治はラジオ番組『福山雅治 福のラジオ』(TOKYO FM)にて、自身の出身である長崎市立淵中学校と森保監督の深堀中を比較して、

深堀のほうが不良やったばい。深堀の人たちの学ランのほうが怖かったよ。森保さんがそうだったかはわかりませんよ

 と、コメント。当時の森保監督の周囲は決して“治安のいい環境”ではなかったのかもしれない。

 やんちゃではあったが、仲間思いな一面もあった。

試合中、チームメイトがラフプレーを受けると、相手選手に飛びかかっていったこともありました。結果的にレッドカードをもらって退場。ほめられた行動ではないですが、熱い心を持っていました」(前出・森保監督の知人)

 高校の監督とマツダの監督が知り合いだったことから、入団テストを受けることになり、合格。ところが、社会人になっても、やんちゃぶりは変わらなかった。

入寮初日、森保さんが来たと思ったら、髪形がまさかのパンチパーマ。パチンコにもハマっていて、練習が終わると寮に戻って、すぐにパチンコ店へ。新装開店のときには朝から並んでいたそうです」(スポーツライター、以下同)