孤独死を「個人の問題」にしない社会へ
超高齢社会の日本では、高齢者施設に入れない人だけでなく、そこまでたどり着けない人も増えていく。だからこそ、住む側も貸す側も「賃貸住宅で最期を迎える社会」を前提に考え、リスクを共有し、支える仕組みを考えていく必要がある。
「孤立死・孤独死というと、遺体の発見が遅れることばかりが注目されがちですが、本質的に考えていくべきことは、生きている間に誰ともつながれず、不安や寂しさを抱えて暮らしている人を減らすことです」と、葛西先生は強調する。
自治体では、見守りを兼ねた宅配サービスや、異常を感知する人感センサーの活用など、高齢者の孤独死・孤立死を防ぐための取り組みが広がっている。また、外出の機会が増えるよう、地域活動の活性化を目指す動きもある。
しかし、葛西先生は「参加する人は一部にとどまる」と指摘する。
「高齢者の誰もが地域活動に参加したいかといえば、それは違います。だからもっと、ゆるやかなつながりでもいい。例えば、毎朝、誰かとLINEであいさつを交わすだけでもいいのです。返事がなければ誰かが気にかける。そうした習慣があるだけでも、人は安心して暮らすことができます」
今後は、一人で最期を迎える人がますます増えていくだろう。そのとき必要なのは、孤独死を“個人の問題”として片づけないことだ。
葛西先生の話から見えてきたのは、孤独死を防ぐことだけではなく、「孤独なまま老いない社会」をどうつくるかという視点だ。SNSでつながる、近所で声をかけ合う─そんな小さな積み重ねが、孤独を防ぐ第一歩になる。
孤独死させない社会、そして孤独にならないための備え。今、その両方を一人ひとりが考える時期に来ているのかもしれない。















