目次
Page 1
ー 落ち着いた空気の2人
Page 2
ー 演劇部で芝居にのめり込む
Page 3
ー ライターから芸能事務所社長へ。しかし……
Page 4
ー 映画監督デビューで観客動員数60万人を記録
Page 5
ー 人を惹きつけ、巻き込んでいく“愛されキャラ”
Page 6
ー コロナ禍で挑戦した小説で描いた世界とは
Page 7
ー お互いが望んでいた“運命の出会い”
Page 8
ー いくつになっても自分らしく自由に生きる

 

 神奈川県内にあるマンション。ここに住む映画監督で作家の松井久子さん(79)を訪ねると、2022年に再婚した、日本思想史家・子安宣邦さん(92)も一緒に出迎えてくれた。当時、89歳と76歳の新婚カップルと話題になった。

落ち着いた空気の2人

夫の子安宣邦さんと共に(撮影/廣瀬靖士)
夫の子安宣邦さんと共に(撮影/廣瀬靖士)

「青天の霹靂でしたね。私のような我の強い女をいいと思ってくれる男性はいるわけがないと思っていたから。“結婚して一緒に暮らすため引っ越します”と言ったとき、周りからは、2人で(介護)施設に入るんですかって言われたのよ(笑)。私はこの人なら介護したいと思ったんです。理解してくれる人はなかなかいないんだけど」

 2人の間には、もう何十年も一緒に夫婦関係を続けているかのような落ち着いた空気が流れている。

 松井さんは大学を卒業後、フリーライターを経て、芸能事務所とテレビ番組制作会社を経営した後、50歳で映画監督に。特に認知症をテーマにした2作目『折り梅』は、自主上映会を中心に展開し、2年間で100万人を動員、“映画界の奇跡”といわれた。そのあと十数億円をかけた日米合作映画『レオニー』も脚本・監督を手がける。

 コロナ禍には作家デビュー。70代女性と50代男性との性愛を描いた『疼くひと』と続編の『最後のひと』は合わせると20万部を超え、今も版を重ねる。

「私は自分の夢を実現するために働くというよりも、目の前の仕事を一生懸命やっているうちに、次のステージが待っていたというような形で キャリアを積んできました」

 ただ一貫しているのは「自由に生きること」。どの組織にも属さず、誰に束縛されることもなく生きてきた。だからこそ松井さんは、「人々が生きやすい社会になれば」「こういう映画や小説があったら、生きづらい社会は変わる」という姿勢で作品を発表してきた。

 キャリアだけを見ると、男社会の中で戦ってきた、ちょっと怖い人、と思われやすいのだという。しかし幼いころの目標は「良き妻、良き母になる」だった。戦後間もない1946年に生まれた松井さんだが、それは育った東京の下町でもごく普通の価値観だった。それを「大きく踏み外した」と自覚しているのが、早稲田大学文学部演劇科への入学だ。