花巻を若者が集まる町にしたい

 こうして小友の東京と花巻の2拠点生活がスタートした。

東京での役員会議を終え、花巻へと向かう。東京と岩手を月に何度も行き来する多忙な日々だ
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 小友木材店は祖父の代で財を築き、父の代で花巻にあった製材工場をショッピングモールに変え、メイン事業を不動産業に移行していた。

「最初の1年は、会社のやり方は何も変えずに、古参の社員に“とにかく学ばせてくれ”と頼み込みました」

 従業員のほとんどは、60代から70代のベテランばかり。反感を買わないように慎重なアプローチを選択した。

 小友木材店は、かつては全国の枕木を供給する仕事がメインだった。ところが、枕木はコンクリートにかわり、木材業の仕事は減少するばかり。

「でも、本来の木材業もちゃんとやれば儲(もう)かるんです。僕は2年目からITを活用して過去のデータを集計して“見える化”し、効率の悪いところがわかってきた。写真をクラウド上で管理しておけば、わざわざ工場に来てもらわなくてもタブレットでお客さんに見せて営業できる。これからの木材業は、テクノロジーを使って分析すれば、どんどん効率はよくなるんですね」

花巻市にある『小友木材店』

 14年前から小友木材店に勤務する戸来(へらい)美幸さんは、

「先代は、材木の事業をどうするか迷っていたようなんですが、新社長は“木材の仕事はやめない”と宣言しました。新社長は、ほかの会社を経験しているせいか、会社を外から見ている感じがしますね。ちゃんと、私たち古い社員の意見も聞いてくれますよ。いつも社長からは刺激をもらっています」

 花巻駅前に、小友木材店の築50年4階建ての本社ビルがある。ここは、3階に兄弟会社が入っているだけで、ほかのフロアは空いていた。

「10年以上、固定資産税をただ支払うだけの赤字ビルでした。で、取り壊して駐車場にしたらどうかと見積もったら、経費を回収するのに55年かかるとわかった。困ったなぁ、と思っていたときに『リノベーションまちづくり』という取り組みに出会ったんです」

 ’14年11月、花巻市で「家守勉強会」が開催され、そこに小友は誘われた。

「家守」とは、もともと江戸時代に地主や家主に代わって土地や建物を管理し、地代・家賃の徴収を行った管財人のこと。現代の「家守」は、特定エリアのビジョンを描き、そこにある土地や建物の所有者に代わって遊休不動産をプロデュースし、エリアのブランド力を高め、地価の上昇を目指す活動。同様の活動を行う「家守会社」は全国に100以上ある、と小友は言う。

「『リノベーションまちづくり』は建物や不動産を変えるんじゃなくて、半径200mほどの小さなエリアを共通のビジョンとコンセプトで再開発していく。建物のリノベーションは、あくまでも手段であって目的ではない。そこに集う人、働く人をどういうふうにプロデュースするか、ということなんですね」

 遊休不動産が有効利用され、エリアに雇用が生まれ、どんどん人が集まるという活性化事業なのだ。小友が続ける。

「僕はそうやってチャレンジする同世代や若い世代を花巻に集めていきたいんです」

 ’15年4月、3人の仲間と花巻家守舎を設立。最初に手がけたのが小友ビルだった。

「僕らは小友ビルの半径200mにチャレンジする人たちを集めよう、集まりやすい空間を作ろう、とリノベーションに取り組みました」

 1階は、無料でインターネットに接続できるカフェに、2階はカフェと岩手のよいものを中心に売る物販店やキッチンスタジオになった。

「そして4階は、会費制で、会議や会合、イベントが開催できるスペースに。結局、総事業費700万円、8年で回収できるようになった」

 約2年間で花巻駅前エリアで起業家や雇用者が30人ほど現れた。最近、ビルの前にはコンビニが開店。確実にエリア価値が上がってきたのだ。

 花巻家守舎メンバーの高橋久美子さんが言う。

「何人もの友人から“小友さんに会った?”と聞かれたんです。東京と花巻で仕事をしていてITに詳しく、若いのに経営手腕もすごいと聞いていました。でも、目の前にしたらごく普通の青年で拍子抜けしましたね(笑)」

 小友は、饒舌(じょうぜつ)ではあるが、いつも飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を漂わせている。しかし、彼なりの野心を時折覗かせる。

「僕は、バロンドール(サッカーの世界年間最高優秀選手賞)のトロフィーが欲しいんじゃなくて、サッカーそのものを作る側になりたい。誰かが作ったルールの中で1番になるんじゃなくて、ルールを自分で作る側にね」

「アドリバーなんです」小友は自分をそう表現する。

「特別やりたいことはないんですよ。アドリブで何か面白いことがポンと降ってきたときに“あ、やれる”って思うだけ。そのとき、自分の実力不足だからできないって思うことだけはしたくない。だから常に何か面白いことがきたら飛びかかる意思があるし、飛びかかっても大丈夫なだけの力をつけていたいんですね」