マルカン大食堂応援プロジェクト

「大食堂の存続、できる気がする」という呟きから始まったこの取り組みは、多くの人々を巻き込んでいった。

 育児のために花巻家守舎の業務から離れると決めていた高橋菜摘さんも、プロジェクトのために何かしたかったと言う。

「花巻家守舎に一斉にメールが、それも全国から送られてくるのを目の当たりにして感動していました。私にも、何かできないかと考えて、マルカン百貨店の写真集の制作を思いついたんです」

写真集を制作した高橋さん

 彼女は、デジタルの時代にあって、押し入れから引っ張り出して家族で見るような写真集にしたいと思った。

「笑顔をテーマにして、マルカン百貨店店内を背景に、みんなの笑顔を残したかった」

 ほかにもマルカン大食堂応援コラボグッズが次々と誕生。

 花巻のワイナリーで作られた赤白のワイン、ソフトクリームストラップ、そしてソフトのイラストが描かれたTシャツも作られた。これらは売り上げの一部を大食堂運営のために新設された上町家守舎に納めることでマルカンの応援となる。小友が言う。

「業者さんなどに大食堂のブランド名を提供するかわりに売り上げの5%ください、という事業なんです。ほかにも“マルカンラーメンを製造販売したい”という地元老舗豆腐会社の若い経営者から依頼があって、“いいっすよ”とレシピを教えて作ってもらったりしました」

 小友は、頼まれ事に対していつもポジティブで、フットワークも軽い。

 6月7日マルカン百貨店閉店。閉店2日後から、小友は27人の食堂従業員との面談を始めた。1人1時間以上で10日間を要した。最初に話し合ったのは厨房責任者の藤原豊さんだった。そこで小友は丁寧に思いを説明し、理解と協力を得た。おかげで従業員の多数から「藤原さんが残るなら」という返答をもらえた。

 しかし、7月になって大食堂運営を委託しようと思っていた業者との交渉が白紙となった。小友は、この時点で自社運営を決断する。

「最終的には、僕がマネージャーをやるしかないのか、とまで考えました。そんなとき、救世主が現れたのです」

 花巻出身で、東京で岩手の手造りソーセージなどを提供する居酒屋経営者だった菊池英樹さんである。

「東京のビルが老朽化して立ち退きを求められて係争中のときでした。そこに大食堂でマネージャーをやらないか、という話が舞い込んできた。ちょうど50歳になって、故郷に帰るのもいいな、と思っていたこともあって話を聞いてみることにしました」

 菊池さんは小友の決断力の速さに驚いた。

「とても年下と感じることはありませんでしたね。そして今までにはなかった手法をためらうことなく取り入れる柔軟さにも感心しました」

 数日後には、上京した厨房責任者の藤原さんと3人で会い、マネージャーを引き受けることを快諾。実は、菊池さんは大学生時代、大食堂のアルバイト経験者だった。

「僕は長く飲食の仕事をしてきましたが、大食堂に戻ってくるために修業してきたんじゃないかと。これはきっと運命なんだなと思いました」