息子夫婦との同居を拒否
結婚後、親子の同居を提案したのはまさみさんだった。
「お人よしなので、ダマされそうだなと思ったんです。お父さんとは、最初から緊張せず普通に会話ができましたから、一緒に住むことに抵抗はなかったんです」
史典さんに同居を打診すると同意してくれ、すぐにまさるさんに話してみた。ところが断固拒否。「1人で気ままに暮らしたい」と言うのだ。
それでも息子から、「飲んべえだから1人では身体が心配」と説得された。まさるさんは、身体の具合が悪くなってから同居させてほしいというのも虫がよすぎると考え、承諾したという。
意外な展開だったのは、料理より洋裁に興味があったまさみさんが「調理師学校に通いたい」と言い始めたこと。結婚を機に実母に料理を習い、面白さに目覚めたのだ。
「後でわかったことですが、最初、夫もお父さんも反対していたみたいなんですよ。でも私は思い込んだら一直線のタイプなので、反対の声はまったく耳に入らなくて」
まさみさんは会社を辞め、学校に通いながら、家の食事も作るようになる。するとちょっとした対立が勃発。まさるさんがこう語る。
「まさみちゃんの実家は薄味なんだ。でも俺は濃い味が好きだからそれじゃ物足りないんだね。最初は遠慮していたけど、我慢できなくて、塩やしょうゆを入れるよ、と断って加える。まさみちゃんは俺の料理にお湯を入れてたよ(笑)。お互い我慢するタイプじゃないから」
まさみさんは学校卒業後、平野レミさんなどのアシスタントを経て、自著を出版する。'03年発売の『5分10分 15分でよーい丼』である。
実はそのときまさみさんは、仲間1人にアシスタントをお願いしていたが、人手が足りないことに気づく。どうするか悩んでいたところ、酒を飲んでいたまさるさんが言った。
「そんなの、俺がいくらでもやってやるよ」
即座にまさみさんは「そういう手があったか」と膝を打ち、洗い物をお願いすることに。いざ撮影が始まると、その働きぶりに目を見張った。
「“これは使える”と思いましたね。アシスタントは言ったことを確実にやってくれる人が助かるんですが、まさにそのとおりで、手際よく片づけてくれたんです。合間に包丁まで研いでくれて」
それ以降も時々、まさみさんの仕事をヘルプするようになり、アシスタントとしてめきめき腕を上げていく。
アシスタントデビューから2年後、まさるさんはメディアに出演することになる。
ムック『うちに帰ってから15分で作れる晩ごはん』の制作開始前、担当のライターに、まさみさんがまさるさんのことを話すと、「お義父さんがアシスタントというのは面白いから、一緒に撮影しましょうよ」と提案された。
まさるさんの後ろ姿が写り込んだムックがヒットし、「小林まさる」の名前も知られるように。72歳のときだ。
以来、『はなまるマーケット』(TBS系)にも嫁舅コンビで出演するなど、メディアへの露出が増えてくる。












