「“死ぬ死ぬ詐欺”呼ばわり(笑)」

がんには向き合うのではなく、どう受け入れるかが大切だと考える
がんには向き合うのではなく、どう受け入れるかが大切だと考える
【写真】ダライ・ラマとも親交がある高須院長

 高須院長のXのプロフィールには、篤志家、教育者、売れないものかき─といった肩書が並び、最後に申し訳なさそうに「医者もできる」と書かれている。そして、その中ほどには「全身癌」とも。医学用語に「全身がん」という言葉はない。

 複数のがんがある状態を、通称として「全身がん」という言葉が使われる。つまり、高須院長は、現在、複数のがんに侵されている。だが、浄土真宗の僧侶でもある高須院長は、“受け入れること”が大事だと、がんの恐怖を意に介さない。

「どう向き合うかが大切なのに、“勝つ”とか“克服する”が前提になっているのはおかしいと思わない? 高齢者に、『病気に負けないで! 頑張って!』って、無理があるだろって。がん=かわいそうみたいなイメージがあるけど、それって世間が勝手に決めつけているだけ。僕は、自分の身をもって、それを変えたいの」

 うまくいったら自分のためになる。うまくいかなかったら後学のためになる。どっちに転んでもメリットはある。「20歳の若返り」の意志は、生き続けている。

 それだけではない、高須院長は今なお現場に立ち、自ら執刀も行っている。

「僕が尊敬する美容外科医にイヴォ・ピタンギ先生がいる。エリザベス・テーラーやサルバドール・ダリの主治医だった人。彼は、死ぬ直前まで現場で執刀していたんだけど、僕もそうありたい」

 美容整形業界を開拓し、包茎の価値観を変えた、プチ整形の生みの親。国税局に脱税を指摘され重加算税20億円、バブル崩壊で借金100億円。2度の大震災では、被災者への治療を1年間無料にし、がん治療の実験台を自ら買って出る。

 何より、自分の顔を変え、「整形を施してないのは、あとは爪くらいかな」とさらりと言ってのける、『全裸監督』ならぬ『全身整形』─。規格外の美容外科医だからこそ、今なお「高須院長に執刀してほしい」という患者が列をつくる。加えて、故郷の一色町にある、高須クリニックとは別の総合病院「高須病院」と、その敷地内にある介護老人施設で往診も続けている。本当に、この人は全身がんなんだろうか。

「ピタンギ先生は、母国ブラジルでリオデジャネイロ五輪が開催されたときに聖火ランナーを務めたの。その翌日にコロッと死んじゃった。憧れますよ」

 ある日突然。それが理想的だと笑う。

「それにさ、がんになってずいぶんたつから、Xでは『高須死なないじゃん』みたいに言われるの。“死ぬ死ぬ詐欺”呼ばわり!」

 気がつくと、いつものように前のめりになって話し始めていた。

「春夏秋冬でいえば、僕の人生は冬を迎えている。案外、冬も楽しいもんですよ。ウインタースポーツがあるように、そのときにならないとできないことがたくさんあるから。

 そうそう! 僕の肉体がなくなっても、思考や会話を記録・データ化した“AI高須”を画策しているから、この取材も読み込ませよう」

 その姿は、子どもが新しいおもちゃを見つけたときのようである。どんな状態になろうが、自分を、人を楽しませることを忘れない。

「この世に生きている間に起こったことは、この世の中で解決できるはず」。それが高須院長の口癖だ。そして、こう続ける。

「だったら、やりたいことはやったほうがいい」

 本人は人生の冬を迎えていると言う。だが、とどまることを知らない熱量によって、2度目の春の中を生きているようにしか見えない。

あづま・ひろたか フリーライター。大学在学中に東京NSC5期生として芸人活動を開始。約2年間の芸人活動ののち大学を中退し、いくつかの編集プロダクションを経て独立。ジャンルを限定せず幅広い媒体で執筆中。著書に、『お金のミライは僕たちが決める』『週末バックパッカー』(共に星海社新書)がある。

<取材・文/我妻弘崇>