ファーストネームで呼ばれる教授
当時のことを、堀田が通っていた坂戸市立北坂戸中学校で教壇に立っていた澤田忠義さんに聞いてみると─。
「堀田は、とにかく気になる生徒でした。品行方正な生徒とも仲良くなるし、素行が悪い生徒とも仲良くなる。誰とでも分け隔てなく友達になる子でした」
あるとき、堀田が友人のことを英語で形容する課題を求められた際、「ヒーイズハッピーガイ!」と表現したときがあった。
「何とかひねり出した表現でしたが、澤田先生はとても褒めてくれた。職員室でほかの先生にまで、『堀田の表現は面白い』って言っていたらしくて。今考えると、僕の英語の原点だし、教職者としてそういう姿勢を大事にしたいと思える出来事だった」
卒業して8年がたったころ、何の前触れもなく、堀田から澤田さんに電話がかかってきたという。
「『澤田先生、覚えてますか? 堀田です。僕は今、シカゴ大学で英語の勉強をしているんです』と連絡してきてくれた。うれしかったですね。それから再び彼と交流するようになって、今でも定期的に会っています」(澤田さん)
澤田さんは忘れられないことがあると話す。
「私たちの母校、北坂戸中学校は2011年に閉校しました。そのとき、堀田が『お別れ会をしましょう』と提案し、学校のOB、OGを集め、幹事をしてくれたんですね。閉校間際の校舎にたくさんの卒業生が集まって、本当に良い思い出になりました。堀田は、そういう子です」
誰かがハッピーになるために、自らが率先して動く。その姿勢は、ゼミを持つ明治大学でも変わらない。現在、「堀田ゼミ」は学内屈指の人気を誇り、堀田のもとで学びたいという学生は後を絶たない。本人は、「学生たちが優秀なだけです」と頭をかきながら謙遜するが、ゼミ生の一人はこう話す。
「四次元ポケットから『こんな話があるんだよ』って教えてくれる“知識のドラえもん”のような先生です。授業をしているときも、本人がいちばん楽しそうだから、私たちも楽しくなる(笑)。先生というよりもプロジェクトリーダーのような存在」
学生たちは、堀田のことを“秀さん”と呼ぶ。その関係性がうらやましく、「こういう先生に出会えていたら、もっと勉強は楽しかっただろうな」と、筆者は思った。
「アメリカでは先生のことをファーストネームで呼ぶことは珍しくない。僕らは共に学び合うチームであり仲間です。これは本をつくるときも変わりません。先生が、著者が偉いわけじゃない。みんなの力があって良いものが生まれる。ですから、堀田ゼミや、僕の本がすごいのではなく、関わってくれるみんなが素晴らしいからなんです」
誰かの幸せを願うことが、自らの幸福度を高めるというアイオワ州立大学の研究がある。堀田の言動を見ていると納得だろう。
「自分を誰かと比べるのではなく、比較するべきは過去の自分のほうがいい。隣の芝生を見てもストレスや不安を抱えるだけ。自分ができることを粛々とやっていく。それが習慣ですよね。少し前の自分にはできなかったことができるようになるだけでハッピーじゃないですか?」
立命館時代、堀田は教え子たちと『ハッピネスチェイサーズソサエティ』という会を設立した。その意味は、「幸せをつかみ取る会」。一人では幸せはつかめないことを知っているから、堀田秀吾には“壁”がない。
<取材・文/我妻弘崇>


















