現場のアイデアから開発された新商品
宅急便の歴史は、私たちの生活を豊かにしてくれた数々の新しいサービスの歴史でもある。例えば冬の定番「スキー宅急便」は、現場のSDの“ひらめき”から生まれたものだ。
「1982年当時、長野県の支店では冬になるとリンゴの出荷が終わり、運ぶ荷物が激減していました。そんなとき、長くて重いスキー板を担いで雪道を歩くスキー客を見たSDが『あれを運べば、お客さまは手ぶらになって楽なのでは?』と思いつきました」
このアイデアは大当たりし、1984年には「ゴルフ宅急便」、1989年には家やホテルで預かった荷物を空港で渡す「空港宅急便」と続き、日本のレジャーを「手ぶら」で楽しむことを可能にした。
生鮮食品の流通に革命を起こした「クール宅急便」も、日本初のサービスとして打ち出された。「新鮮なものを送りたい」という利用者の声に応えるため、冷凍・冷蔵設備を集配車や運行車、営業所すべてに導入するという、当時の常識を超えた挑戦に出た。
「『サービスが先、利益は後』という理念のもと、荷物を冷たいまま届けるための実験を幾度も繰り返し、150億円もの設備投資をして発売に踏み切りました」
今では当たり前の「産地直送」も、ヤマトなくしてはありえない。サービスの歴史は、物流を通じて社会の文化を変革してきた歴史でもある。
「1931年に制定されたヤマトグループの社訓には『運送行為は委託者の意思の延長と知るべし』という言葉があります。私たちが運んでいるのは単なる荷物ではなく、お客さまの『こころ』である、という考えが原点にあります」
現在、SDは全国に約5・4万人。荷物を安全に届けるための工夫は惜しまない。段ボールに貼られる「注意喚起シール」は、「ワレモノ」や「天地無用」だけでなく、「ふぐ刺し」「メロン」などご当地商品に特化したものも含め、なんと全46種類も存在するという。
さらに、瓶専用の「ボトルBOX」や、最近のインバウンド需要に対応し、一部地域でスーツケースのキャスター保護パッドをトライアル導入するなど、荷物に合わせた梱包資材を取りそろえている。

















