そのせいもあり、6年間仏教について学んだが僧侶ではなく介護職を選び、介護施設で2年間働いた。

要支援2以上の認定を受けた認知症のお年寄りが入居し、スタッフと共同生活を送るグループホームです。利用者に24時間、寄り添ってケアしました

救われたのは、介護している自分のほうだった

大きな板状の消しゴムに図案を転写し、カッターで彫り進める。5分ほどでできあがり 撮影/武藤奈緒美
大きな板状の消しゴムに図案を転写し、カッターで彫り進める。5分ほどでできあがり 撮影/武藤奈緒美
【写真】仏教を楽しく覚えられそう! 話題の麻田さんが作るはんこ作品

 あるときお年寄りに、ボソボソと話す声を褒められた。元気なお年寄りが通うデイサービスでは、スタッフも元気さが求められ、楽しいレクリエーションが行われる。だがグループホームでは、穏やかな日常も必要とされる。

耳の遠いお年寄りは、耳元でゆっくり話される声がかえって心地よく感じるようなんです。自分がダメと思っていた部分がいいと言われるのは発見でしたし、ちょっと自信が出ました。救われたのは、介護している自分のほうだったかもしれません

 そのころから「一人ひとり違っても、みな尊い」という仏教の教えが腑に落ちるようになり、仏教への興味を取り戻していくこととなった。

 2003年、寺の改築に伴い実家に戻ることにした。それまでの寺は、3代前の住職が「浄土真宗の信仰はそのままが生活であり生命である」と唱え、大正15年に建てられた洋館の寺だった。

一般的なお寺のイメージとはまったく異なる建物でしたが、仏教思想に基づき女性の社会進出を目指した女学院を設立したほか、墓地を全廃し共同納骨堂を建立するなど、今までにないお寺をつくり上げていました

 しかし平成に入ると、画期的な寺も老朽化が進み、改築することに。基礎となる土台と柱を重視し、300年は持つといわれる大きな寺に生まれ変わった。

 だが、お披露目が行われた5か月後の'04年10月23日、新潟県中越地震に見舞われる。

 最大震度7の震源地は隣町で、寺の場所からすぐの場所。丈夫な土台に生まれ変わった寺は、揺れにもびくともしなかった。おかげですぐに町内住民の避難場所となり、あちこちから人が集まる。

それまで身につけた僧侶としてのキャリアがまったく役に立ちませんでした。どれだけいい声でお経を読めても、仏教のことを知っていても、それはお寺の中で役立つスキルでしかなく、被災の現場では役に立たない。思いのほか何もできないことに気づき、これはまずい、とにかく動かなくてはと考えました